オフェンスだけでは試合に出られないプロの壁(Bリーグ・アルバルク東京 小酒部泰暉・後編)
ディフェンスができなければ試合にも出られない
【前編】オフェンスだけでは勝てないバスケの奥深さ より続く 大学3年次の5月、アルバルク東京からオファーを受けたタイミングで、「プロに行きたいな、という気持ちが芽生えてきました」と小酒部泰暉は言う。自ら目標に定めたわけではなく、ふっと降りてきたロープをつかみ、プロの道へ引き上げられたラッキーボーイ。大学3年次のインカレを終えた後、特別指定選手としてA東京に入団。神奈川大学でもスキルやバスケIQを高めたはずだったが、「これが本当のバスケなんだ」と衝撃を受けた。 当時のA東京を率いていたルカ・パヴィチェヴィッチヘッドコーチ(現・サンロッカーズ渋谷)の門下生となり、「システムの中でディフェンスしなければならないし、ディフェンスができなければ試合にも出られない。そこが第一印象でした」と夢にも描いてこなかった厳しい環境に放り出された。 「本当にフィジカルがなかったので、いつも練習中は吹き飛ばされていました。ディフェンスでも大きな壁があり、ズレができるとプロの選手たちはそこを突いて簡単にシュートを決めてきます。オフェンスもシステムが多すぎて、頭が追いつかなかった。システムのことばかりを考えてしまえば、自分のプレーができなくなる。本当に難しい状態でした」 混乱の日々を送りながらも、試合に出なければ本当の意味でプロの経験値を積むこともできない。「だからこそ必死にディフェンスを練習し、それが今につながっています」とさらなる土台を積み上げた。 「ルカコーチと練習してきた時間がなければ、今の自分はなかったです。スキルでも、当時はタカさん(森高大/現・ベルテックス静岡ヘッドコーチ)というスペシャリストがいたので、本当にいろんな知識を詰め込むことができた時間でした。試合に出るためにはまずディフェンスをがんばらなければいけなかったです。毎試合とにかくディフェンスから入ろうと意識しながら、その中で自分のオフェンスを出していくことを心がけていました」 潤沢なコーチ陣とバスケに専念できる時間をフル活用し、「チーム練習以外に映像を見たり、自主練習をしたり、つきっきりでいろんなスキルを教えてもらいました。想定される相手のディフェンスに対するオフェンスの仕方などいろんな知識を取り入れ、試合に必要なことを1から教えてくれました。練習中は(田中)大貴さん(現・SR渋谷)をはじめ、スペシャリストばかりの背中を見て、追いかけてきたことが自分の成長につながりました」と小酒部は1年目から充実したプロ生活を送る。背中を押した神奈川大学の幸嶋謙二監督の目論見どおりだった。