ロンドンは生きている歴史博物館―ジャック・チェシャー『街中の遺構からたどる 歴史都市ロンドン』
見過ごしそうな遺跡から歴史の刻まれた遺構、そしていわくつきのパブの看板まで。リアルで美しいイラストと地図とともにロンドンを深掘りし、見て読む観光旅行を楽しめる書籍『街中の遺構からたどる 歴史都市ロンドン』より、はじめにを公開します。 ◆タイムトラベルできる街並み ロンドンといえば数々のすばらしい博物館で世界的に知られているが、私は、何よりもロンドンという都市そのものがこの街いちばんの博物館だと思っている。 古代ローマ時代から現代まで、その2000年近い歴史の中で、ロンドンは時代ごとに移り変わる権力や影響によって姿形を作られ、決められ、変えられていて、そのたびに過去の名残や小さな痕跡、古い図像といった、各時代の特徴を示す品々を街のあちこちに残してきた。こうした過去からのちょっとした置き土産は、歴史の文脈から切り離されたまま今も現代の大都市ロンドンにしっかりと残っていて、これらを使えば、ロンドンの過去を理解したり、その秘密を解き明かしたりすることができる。 ロンドンを街歩きするのはタイムトラベルのようなものだし、そもそもロンドンそのものが驚くほど多様性に満ちているので、この街はただぶらぶらと歩き回るだけでもワクワクとドキドキが止まらない、誰もが夢中になる世界最高の都市なのだ。 そんなロンドンを街歩き好きのために紹介したのが本書『歴史都市ロンドン』だ。この本ではロンドン市内のあちこちにある見逃しがちな逸品や珍品の中から私のお気に入りをすべてピックアップして案内していく。もちろん、そのどれもがロンドンの過去をのぞく窓としておもしろいものばかりだ。この本で読者のみなさんに、まだ足を踏み入れたことのない穴場スポットをたくさん紹介すると同時に、ロンドンを「読み解く」力を伝えたいとも考えている。紹介文の多くに添えた美しいイラストも、実際に街歩きするとき、きっと役に立つと思う。 この本は、メインとなる4つの章に分かれている。その内容を簡単に説明しよう。 第1章「時代をまたいで」では、古代ローマ時代の遺跡から現代のガラス張りの高層ビルまで、ロンドンの建物で見つかる手がかりに目を向けながら、いろんな時代をたどっていく。ここを読めば「窓の大きさで建物の何が分かるの?」「ロンドンでいちばん人目を引く秘密の地下壕はどこ?」といった質問の答えが見つかる。 第2章「ロンドンの暗号を解く」では、市内のあちこちで目にするいろんな図像や名前に注目し、その読み解き方を取り上げる。例えば、「血を流す心臓の庭」を意味する「ブリーディング・ハート・ヤード」という物騒な名前の由来や、セント・ジャイルズ・イン・ザ・フィールズ教会のシンボルが傷ついた鹿になった経緯、パイナップルの形をした建築装飾がロンドンのいたるところで見られる理由などを解説する。 第3章「街頭設備あれこれ」で取り上げるのは、ロンドン市民も観光客も目を向けることなく通り過ぎている実用的な路上の設備だ。この章では、「ありふれたものが実はとんでもないものだった」というケースを紹介したい。フランス軍の大砲を改造して作ったボラード(車止め用のポール)から、ラクダの形をしたベンチ、フェンスにリサイクルされた第2次世界大戦時のストレッチャーまで、意外なものが盛りだくさんだ。 最後の第4章「自然に帰って」では基本に戻る。この章では、数千年にわたってロンドンの地形を現在の姿に作り上げてきた自然の力を取り上げる。蓋をして暗渠になった廃河川のほか、シティ内に人知れず点在する小さなポケット・パーク(ミニ公園)など、現代の都市景観に見られる緑地も紹介する。 各章の章末には、テーマごとのセルフガイド用街歩きマップを掲載した。ロンドン市内をあちこち寄りながら進むルートをたどれば、この本で取り上げたスポットとたくさん出会える。もちろん、勇気を出してコースを外れて好きな場所へ行っても全然かまわない。ことわざにあるように、勇気ある者にはきっと運が味方してくれるはずだ! さあ、丈夫な靴を履いてロンドンの街歩きに出かけよう。そこには、あなたが今まで存在することすら知らなかった博物館が待っているはずだ! ◇ロンドンでいちばん小さな広場 注目 ピカリング・プレース 場所 セント・ジェームズ・ストリート, SW1A 1EA セント・ジェームズ地区にあるワイン店ベリー・ブラザーズ&ラッドの脇には、建物をくぐる狭くて暗い路地があり、その路地を進むとステキなサプライズに出会える。突き当たりに、ロンドンでいちばん小さな広場があるのだ。 1730年代に作られたピカリング・プレースは、小さいながらも見事なタイムカプセルで、ここに立つとジョージ王朝時代のロンドンに戻ったような気分になる。 今でこそ静かで落ち着いて見えるけれど、人目につかない場所なので、はじめのころは賭博場や決闘の場として悪名をとどろかせていた。「ここでイングランド最後の決闘が19世紀に行なわれた」という都市伝説もある。 ちなみに、路地の入口に古い銘板があるので見つけてほしい。そこには、テキサスがアメリカ合衆国に併合される前の1842年から1845年まで、ここにテキサス共和国の公使館(今でいう大使館のようなもの)があったと記されている。 [書き手]ジャック・チェシャー(歴史研究家) ロンドンのツアーガイド、ブロガー、歴史研究家、都市探検家。ロンドンらしさを示すものなら何でも大好き。2020年、ウェブサイト「Living London History」を開設してブログを毎週更新し、ロンドンでとびきりおもしろくて珍しい名所旧跡を紹介したり、セルフガイドのロンドン街歩きルートを提案したり、ロンドン街歩きマップを公開したりしている。始めてからわずか1年足らずでLiving London Historyの街歩きツアーは、旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」でトップ10に入る人気のロンドン・ツアーになった。 [書籍情報]『街中の遺構からたどる 歴史都市ロンドン』 著者:ジャック・チェシャー / 翻訳:小林 朋則 / 出版社:原書房 / 発売日:2024年10月15日 / ISBN:4562074728
原書房
【関連記事】
- 魔法のテーブル、お菓子の家――グリム兄弟が描いた「食べ物への執着」とは―ロバート・トゥーズリー・アンダーソン『グリム童話の料理帳』
- 国という主語からは、そこにいる人々の表情は見えない―金井 真紀『テヘランのすてきな女』武田 砂鉄による書評
- 本屋には、ここにしかない充実した時間が充ちている―和氣 正幸『改訂新版 東京 わざわざ行きたい 街の本屋さん』
- 北海道出身の筆者が丹念に跡付けて、その歴史や現状などを多面的に案内―合田 一道『北海道 地名の謎と歴史を訪ねて』林 望による書評
- 北海道東北端の無人島の情景、野生化した馬の生態を描く―岡田 敦,星野 智之『エピタフ 幻の島、ユルリの光跡』本村 凌二による書評