「あくまでも中立」は吉と出るか凶と出るか? プーチンを国賓として招いたベトナムの胸の内
(川島 博之:ベトナム・ビングループ、Martial Research & Management 主席経済顧問) ベトナムのハノイ・オペラハウスで行われたレセプションに出席したロシアのプーチン大統領とベトナムのトー・ラム国家主席 2024年6月20日、ロシアのプーチン大統領がベトナムを訪問した。ベトナムの招きに応じたものであるが、ロシア側が招請を依頼したとも言われる。 プーチンは国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ている。そんなプーチンは経済成長著しいベトナムを訪問して、自身が孤立していないことを世界に見せつけたかったのだろう。 ベトナムの指導層は概ね60歳以上であり、ベトナム戦争を記憶している。戦争の際に旧ソ連は終始一貫して援助してくれた。またカンボジア侵攻によって孤立した時も、見捨てることなく援助の手を差し伸べてくれた。ベトナム指導層にはその恩に応えたいのと意識があった。 ただ1年前ならいくらロシア側から要請があったとしても、プーチンを国賓として呼ばなかったであろう。前回(「プーチンに来訪を招請、ベトナムは『ロシアがウクライナに勝利』を確信か」)も書いたが、現在、ベトナムはウクライナ戦争がロシアに有利な条件で休戦になると見ている。具体的には現在ロシアが占領しているウクライナ東部周辺に鉄条網を巡らして休戦ラインにする。ベトナムは北緯17度線で南北に分断された経験があり、このような事態をすぐに想像できる。休戦が実現すれば、プーチンは国土が拡大したことをロシア国民に宣伝する。政権が安定する。それを見込んだ上でベトナムはプーチンを招いた。
■ ベトナムの歴史は“中国との戦い”の歴史 プーチン訪越の影の主役は中国である。ロシアがウクライナ東部を占領したまま休戦になれば、21世紀の冷戦が始まる。ロシアと中国が組んで米国を中心とした西側と対抗することになる。 ロシアは石油や天然ガスを中国に輸出し、世界の工場となった中国は工業製品をロシアに売る。両国経済は補完関係にあり、このユーラシア枢軸とも言える体制は簡単には崩壊しない。この枢軸にイラン、北朝鮮、ベラルーシなどが参加する。 ベトナムは難しい判断を迫られる。ベトナムは1986年にドイモイ(ベトナムの改革開放政策)に転じて以降、政治は共産党独裁、経済は資本主義という中国と同様の体制に転じた。それ以降、順調な経済成長を続けており、米国や日本との関係も良好である。ベトナムは21世紀の冷戦が始まっても、現状を維持したい。そのことが、ベトナムが「バンブー外交」(竹のようにしなやかな外交)と呼ぶ全方位外交を貫く理由である。 ただこの全方位外交は極めて難しい。最大の理由はベトナムが中国と国境を接していることにある。その歴史も大いに関係している。ベトナムは有史以来約1000年間中国の植民地だった。939年に独立したが、それ以降も中国は何度もベトナムに攻め込んできた。ベトナムの歴史は“中国との戦い”の歴史と言っても過言ではない。 21世紀の冷戦が激しさを増した場合に、中国がベトナムに枢軸側に加わるように圧力をかけることは目に見えている。そんな中国はベトナムの最大の貿易相手でもあり、またシンガポールを介しての投資を含めれば最大の投資国になっている。