「あくまでも中立」は吉と出るか凶と出るか? プーチンを国賓として招いたベトナムの胸の内
しかし不動産バブルが崩壊した中国が今後順調に経済発展しないことも明らかである。中国だけに依存するのは危険だ。日本や米国とも良好な関係を維持したい。 また、ベトナムは南砂諸島の領有権を巡って中国と争っている。ベトナムは南沙諸島で海底石油の開発を行っているが、共同開発のパートナーはロシアである。ロシアの後ろ盾なしには、このような石油開発もできない。 ロシアも中国とは歴史的に仲が良くない。旧ソ連時代の1969年には、ウスリー川の珍宝島において銃火を交えたくらいである。 ベトナムにとってロシアと親密になることは、中国を牽制する上で役に立つ。ロシアがウクライナ戦争に敗れて衰退することを最も恐れていたのはベトナムである。ロシアが衰退して中国の言いなりになるようでは困るのだ。 ■ 米国と中国の反応は? 以上のようにユーラシア枢軸の中身は複雑である。一枚岩ではない。ベトナムはそのような状況をうまく利用して、安全保障を担保するとともに経済を発展させたいと考えている。今回、ICCから逮捕状が出ているプーチンを国賓とした迎えた背景にはこのような事情がある。 ただ米国はベトナムに対してプーチンを招かないように強く要請していた。ICCから逮捕状が出ている人間が大手を振って世界を駆け回ることは、米国の世界戦略に影響を与える。しかし怒ってベトナムをユーラシア枢軸側に走らせることも得策でない。米国はプーチン訪問の直後に国務次官補を派遣した。ベトナムの真意を聞くとともに、引き続き良好な関係を維持したいと伝えるのだろう。
その一方で、中国は沈黙を守っている。中国は大統領選挙の結果にかかわらず、今後、米国が中国に対してより強硬な態度で出てくることを想定している。そんな中国は、ロシアはもちろんのこと、ベトナムも味方に引き入れておきたい。そう思うから、あからさまにロシアと接近するなとは言えない。今回のプーチンのベトナム訪問を最も面白くなく思っているのは中国だろう。 ■ 安全保障は重要だが経済も重要 ベトナムは細心の注意を払って全方位外交を行っている。それは一見成功しているようにも見える。しかし、前回、マキャベリが「中立を保つと最終的には滅ぼされる危険がある」と言ったことを紹介したが、それはベトナムにも当てはまる可能性がある。 現在、ベトナムは不動産バブルが崩壊して経済が順調に成長しなくなっている。今後、不動産バブルの崩壊が金融システムに波及することになれば、IMF(国際通貨基金)に資金援助を要請する場面も訪れよう。しかしIMFを仕切っている米国との関係が良好でなければ、IMFがベトナムの金融システムを全力で支えることはない。 ベトナムは歴史の中での中国との戦争や近年のベトナム戦争の経験から、外交の中心に安全保障を置きすぎるきらいがある。安全保障が重要であることは論をまたないが、現代においては経済も重要である。経済が崩壊すれば、安全保障にも影響する。現在のベトナム指導部にはこの感覚が欠如している。 米国の反対を押し切ってプーチンを招いたことが吉と出るか凶と出るか、それはベトナム経済の今後にかかっている。
川島 博之