「高齢でもヨボヨボにならない人」は明らかにその"数値"が低い…最新研究でわかった人間の寿命差を生む要因
■今なお高い115歳の壁 日本人の平均寿命は、最近100年間でほぼ2倍に延びました。これは、主には栄養状態が良くなったことと公衆衛生の改善によって、乳幼児の死亡率が低下したからです。 また、高齢者の寿命も徐々に延びており、今では100歳以上の人が9万人近くいます。その一方で、115歳を超える人は全世界で有史以来、70人程度しかいません。ここには厚い壁があるのです。その辺りが、人間の最大寿命なのでしょう。 世界で一番長生きしたのはフランスのジャンヌ・カルマンさんという人で、1997年に亡くなった時点で122歳でした。彼女が公式に120歳を超えた唯一の人類です。2位は日本の田中カ子(かね)さんで119歳。彼女たちは何か特別なことをしていたわけではありません。ビタミン剤を若いときから毎日飲んだりしていたわけではないのです。 田中さんでいえば、三食ちゃんと食べる、甘いものが好き、炭酸飲料は1日3本、ドリンク剤も好き。私もほぼ同じものが好きだし、ごく普通です。だからといって、みんなが119歳まで生きられるわけではありません。 110歳以上の人たちのゲノムを調べた研究がありますが、長生きの決定打はまだ見つかっていません。恐らく、いくつかの要因の組み合わせによって、ということでしょう。 ただ、双子を使った研究の結果により、遺伝的要因は低いといわれています。75%が環境要因で、遺伝的要因は25%。4組中1組の割合でしか同じ程度の寿命の双子はいなかったのです。私は、それはある意味でいいことだと思っています。遺伝的要因だとどうにもならないかもしれませんが、「みんな長寿遺伝子は持っている、あとは健康に注意して」ということならば、頑張ろうと思えますよね。
■健康寿命を延ばすためにDNAの修復に着目 先程から寿命の話をしてきましたが、病気がちで長く生きるのではなく、健康なまま長生きすることが理想です。一般的には平均寿命と健康寿命は10年ぐらい違っていて、72~73歳頃から何かしらの薬を飲んでいる方が多いです。日本において理想的な死に方とされてきた「ピンピンコロリ」は、平均寿命と健康寿命がほぼ同じ、という状態のことです。 私は生物学者として、遺伝子の側からのアプローチで、健康寿命を延ばす方法を考えています。例えばがんはゲノムの変異(遺伝子情報の変化)で引き起こされるため、歳を取るほどリスクが上がるのですが、これを起こさないようにするといったことです。 紫外線や放射線、活性酸素などによってDNAに傷がつくと、ゲノムが変異を起こします。ゲノムの変異は分裂のたびに蓄積し、そのうちに細胞増殖のコントロールに関わる遺伝子が壊れると、どんどん細胞が増殖してがん化してしまうのです。これがヒトの場合には55歳くらいから顕著になっていきます。これを防ぐためには、遺伝情報がきちんと複製され、修復されるようにしてやることが必要です。 また、早期老化症という、寿命が短くなる病気があります。これは主に7種類あるのですが、そのうち5種類の原因は、DNAの傷を治す修復酵素の遺伝子の変異です。その遺伝子に変異があると、普通の人に比べてDNAを修復する能力が少しだけ下がるのです。 これにより老化が速く進んでしまいます。逆に言えば、この問題を解決すれば人間の寿命は延びるはずです。酸素の消費量が多く、活性酸素(ROS)がたくさん発生する心臓は、DNAの酸化損傷が起きやすいのですが、DNAの修復能力が上がれば、心臓の寿命も延びて、拍動回数の限界が増えるかもしれませんね。 私自身は、長生きしてカルマンさんの122歳の記録を抜こうと思っています(笑)。「実は私、100歳なんですよ」と言ったら、みんなが「ええ!」とびっくりするくらいになるのが目標です(笑)。まずは老化の症状を軽減するサプリメントなどを開発し、自分の体で安全性を含め試してみて、実際に効果があったら、他人にも勧められるのではないかと思いますね(笑)。 ---------- 小林 武彦(こばやし・たけひこ) 東京大学定量生命科学研究所教授(生命動態研究センター ゲノム再生研究分野) 1963年、神奈川県生まれ。東京大学定量生命科学研究所教授、日本学術会議会員。九州大学大学院修了(理学博士)、基礎生物学研究所、米国ロシュ分子生物学研究所、米国国立衛生研究所、国立遺伝学研究所を経て現職。日本遺伝学会会長、生物科学学会連合代表を歴任。著書に『生物はなぜ死ぬのか』『なぜヒトだけが老いるのか』(ともに講談社現代新書)、『寿命はなぜ決まっているのか 長生き遺伝子のヒミツ』(岩波ジュニア新書)などがある。 ----------
東京大学定量生命科学研究所教授(生命動態研究センター ゲノム再生研究分野) 小林 武彦