「情動」に注目し、未来の体験価値を形にする、センスウエア・プロトタイピング
顧客体験(CX)を重視した商品開発やサービス開発の動きが広がる中、JVCケンウッド・デザインでは、映像、音響、無線分野で培ってきたデザインのノウハウを生かし、「未来の体験」を生み出す取り組みを行っている。同社は、JVCケンウッドのデザインを一手に担っており、その役割は単に製品の外観を形作るだけでなく、ブランド全体のビジョンを体現するものとして重要な位置を占めている。今回、同社の取り組みを推進する柳沼広紀氏、山本俊輔氏、守屋克浩氏に、五感への刺激とインタラクションによって、価値ある体験を生み出す「センスウエア」と、新しい価値を探るプロトタイピングについて話を聞いた。(聞き手/芝 操枝 日本インダストリアルデザイン協会[JIDA]、フリーライター 井原恵子、構成/音なぎ省一郎) 【この記事の画像を見る】 ● 森の息吹をリアルに感じさせるセンスウエア、「Forest Notes」 ――未来の顧客体験を生み出すアプローチとして、「センスウエア」に取り組んでいると伺いました。センスウエアとはどういったものでしょうか。 柳沼 一言で言えば「視覚や聴覚などの五感に訴え掛けることで、何かを感じさせたり、気付かせたりするもの」です。身近なものでは、暑い日に涼しさを感じさせる風鈴がその典型といえるでしょう。風鈴の音が鳴ることによって、人は風を意識し、それが涼しさにつながるという構造です。 私たちがセンスウエアに最初に取り組んだプロダクトが「Forest Notes(フォレストノーツ)」というもので、森の音をインターネットでライブ配信するサービスです。現在、日本国内の5ヵ所の森に集音マイクを設置し、音声を24時間365日配信しているだけでなく、奥多摩と知床からは360度ライブカメラの映像も配信しています。夜明けの鳥の声、真夏のセミや秋の虫、雨の音、遠雷など森の息遣いを通して、自然の豊かさを実感することができます。自然愛好家だけでなく、仕事中の気分転換に聞く人も多いようです。 この開発は、2008年ごろに社内で、自然と人の関係をテーマに自然のすごさをありありと感じさせることはできないか、という議論をしたことがきっかけでした。当時、エコデザインが注目される中で、私たちの専門領域である「音」の可能性を広げたいとの思いもありました。 ――環境問題や自然保全に、多くの企業が取り組み始めた時期ですね。 柳沼 音と映像、無線の会社として、私たちにしかできない感性的なアプローチを模索している中、外部のデザイナーからセンスウエアについて教えてもらいました。これなら人と自然を感覚的に結びつける新しいエコデザインにつながるのではないか、と気付いたのです。 ――そこからForest Notesの開発はどのように進んだのでしょう。 柳沼 木を生かしたものづくりと木工建築、森の保全などに取り組んできた、飛騨高山の家具工房オークヴィレッジに協力を仰ぎました。Forest Notesのアイデアは、オークヴィレッジとの対話の中から生まれたといってもよいでしょう。自然は、当たり前のことを繰り返している、ただそれだけですごい。春に花が咲く、渡り鳥が来る……。そうした自然のありのままを伝えるというコンセプトにたどり着きました。 Forest Notes用の「森のスピーカー」は木材と日本の伝統的な木工技術を用いて、木箱のようなシンプルな形状に仕上げました。その大きさは、日本の森の平均的な樹木1本が、1日に作り出す約30リットルの酸素の量を表しています。 13年にライブ配信がスタートするまでには、サウンドアーティストの川崎義博氏、東京大学のサイバーフォレスト研究チーム、宮崎県諸塚村の皆さんなど、多くの方々の力をお借りしました。現在はウェブサイトと専用アプリで聴けるようになっています。 ――社内外のコラボレーションによる立ち上げだったのですね。 柳沼 ライブ配信の開始後はさらに、あちこちの自治体や研究機関、企業から声を掛けていただくことが増えました。配信元の地域との連携もあり、地元の木材を使った家具の販売に協力したり、地元の小学生と東京の研修旅行で交流したりといった取り組みや、高齢者のリハビリに森の音を活用する実験や、森林浴イベントとのコラボレーションもありました。 こうしてさまざまなつながりが生まれるのと並行して、社内でも「センスウエアによるソーシャルデザイン」が浸透していき、配信開始から10年たった今では、継続していくべき重要な取り組みとしてグループ内でも認められるようになりました。