“超不人気”だった東京の高校野球を「3つの出来事」が変えた! 東京ローカルチーム・桜美林の全国制覇、都立高の甲子園出場、そして……【東西東京大会50周年物語②】
東京の高校野球が“超不人気”だった意外な理由
当時、私は中学生で、この年の夏、父親の仕事の関係で関西から東京に引っ越している。東京の公式戦で初めて観たのは、翌76年の春季都大会の準々決勝の桜美林・早稲田実戦だった。 桜美林は同年の夏の甲子園大会で優勝するチーム。早稲田実は翌年のセンバツで準々決勝に進むメンバーの多くが2年生として出場していたので、試合のレベルは非常に高かった。土曜日は学校があったから、試合を観ているということは日曜日となるが、神宮第二球場のスタンドはガラガラだった。 実際、東京の高校野球の不人気ぶりは問題になっていた。東京は巨人、ヤクルト、日本ハムが本拠地を持ち、東京六大学野球では法政大の江川 卓らのスター選手が活躍していた。高校野球まで観る人は少なかったのである。ただそれよりも大きかったのは、東京は人口が多いといっても、その多くは地方出身者であることだった。地方出身者にとって応援する高校は自らの出身地であり、東京ではなかった。そんな東京の高校野球は、次に挙げる3つの出来事で大きく変わり、飛躍していくことになる
東京の高校野球を変えた3つの出来事①東京のローカルチーム・桜美林の全国制覇
76年の第58回大会、甲子園大会の出場校は41校だった。東東京大会の決勝戦は日体荏原(現日体大荏原)と大森工(現大森学園)の対戦であったが、日体荏原がエース・小菅清の好投により6-0で勝利し、夏の甲子園初出場を決めた。日体荏原は第1回大会の東京大会の準優勝校。その後も毎年のように優勝候補に挙げられたが、あと一歩届かなかった。伝統校悲願の夏の甲子園初出場であった。 西東京大会の決勝戦は、春季都大会の決勝戦と同じ、桜美林と日大二の対戦になった。会場の昭島球場は超満員の観衆で膨れ上がった。もともと数千人入れば満員になる球場で決勝戦をすること自体、今では考えられないことだ。 桜美林の4番・三塁手の片桐幸宏は昨年の夏まで、日大二の5番・右翼手の田中吉樹は昨年の初めまで、それぞれ母校の監督であった。この試合は4-3で桜美林がサヨナラ勝ちして甲子園出場を決めた。 当時23区以外の学校が夏の甲子園大会に出場するのは法政一が一度あるが、法政一は当時武蔵野市吉祥寺に校舎があった。吉祥寺は杉並区、練馬区に隣接しており、生活圏としては23区に近い、そうした意味では、桜美林は実質的に多摩地区から初の甲子園であった。 『週刊朝日』の甲子園大会号では桜美林に「東京のローカルチーム」という見出しを掲げ、〈郷土意識が薄いといわれたこれまでの東京チームとは違って、地元の応援熱も高まっている〉と紹介している。 この年の甲子園は、前巨人監督の原辰徳を擁する東海大相模、センバツ優勝の崇徳、準優勝の栃木の小山、地方大会で16連続奪三振を記録し、「怪物サッシー」と呼ばれた酒井圭一を擁する長崎の海星など大型チームが多かった。 日体荏原はエース・小菅が好投したが、後に中日のエースとして活躍する星稜の2年生エースの小松辰雄に安打2、奪三振13に抑えられ1-0で完封負けした。 桜美林は春季関東大会で優勝しているものの、小柄な選手が多く、前評判は高くなかった。しかし初戦(2回戦)で日大山形にエースの松本吉啓が被安打3の完封により4-0で勝つと、勢いに乗り、3回戦は市立神港(現市立神港橘)に3-2で競り勝ち、準々決勝では2年前の優勝校である銚子商を4-2で破った。準決勝では小松投手を擁する星稜を4-1で破り決勝戦に進出した。 決勝戦の相手はPL学園で、東京-大阪決戦になった。桜美林の松本は4連投、PL学園の中村誠治は3連投。PL学園の中村は準決勝で海星・酒井と延長11回の投げ合いをしており、疲労は明らかだった。 決勝戦も延長戦になり、両投手とも気力だけで投げているような状態だった。そして延長11回、途中出場の菊池太陽の二塁打で桜美林がサヨナラ勝ちして全国制覇を果たし、片桐主将に深紅の大優勝旗が手渡された。 東京勢の夏の大会優勝は60年ぶり。選手たちは東京都庁に紙吹雪で迎えられ、町田市で行ったカーパレードには、11万人の人が押し寄せたという。 桜美林の全国制覇は、東京に地元意識を喚起させるものだった。60年代後半から70年代にかけて、多摩地区には多摩ニュータウンをはじめ多くの団地が生まれた。こうした団地には軟式野球ができるグランドも多く、団地対抗の少年野球も盛んに行われていた。こうした野球少年たちにとって、全国優勝した桜美林の選手たちは、身近なヒーローであった。 桜美林は翌年も甲子園大会に出場。初戦は東東京代表の早稲田実との対戦になった。超満員の観客の中で行われたこの試合は、4-1で早稲田実が勝利。桜美林の大会連覇の夢は破れた。