新型出生前診断スタートから1年 「命の選択」をどう捉えるか
判断までには短い時間
―――「新型出生前診断」についてさまざまな報道がされています。 昨年11月に「陽性確定と判断された妊婦のうち56人、約9割が妊娠中絶した」という報道がありました。先にもお話したように「新型出生前診断」は一定の条件をクリアした人を対象にしています。その上で、必ず専門家による「遺伝カウンセリング」を実施し、「実際にダウン症候群だと判定されたときあなたはどうされますか?」とお聞きします。たいていの方は「そうなった場合は考えて決めます」とおっしゃいます。 しかし検査で陽性と判定され「お子さんはダウン症候群でした」と告げられたら、どんなに事前にパートナーと相談して決めていたとしても、パニックになって動転してしまいます。また確定診断の結果が出るのが妊娠20週くらいになってしまうため、中絶が可能な21週6日までに結論を出さなくてはなりません。とても厳しい状況です。 検査前に十分話し合って「もし子どもがダウン症候群だったとしても育てていきたい」と思えたのなら、私は「検査を受けなくてもいいかもしれない」と勧めますし、実際に私の外来では1~2割の方が検査をキャンセルされています。逆に二人がよく話しあって残念ながら妊娠継続をあきらめるという選択を事前に決めて検査を受けているのですから、羊水検査で染色体疾患の確定した人の9割が中絶という報道が事実だったとしても、それは納得のいく数字だろうと思います。
十分ではない受け入れ体制
―――「遺伝カウンセリング」について教えてください。 「新型出生前診断」を受けるにあたっては、検査の前後に「遺伝カウンセリング」を受けなければなりません。「遺伝カウンセリング」では、この検査から判明する疾患の遺伝学的関与を説明、また、クライアントや家族の立場や気持ちを十分に理解したうえで、倫理的・社会的側面からクライアントの自己決定を支援するためのものです。基本的な考えとしては、「障がいをもっていることは個性の一面でしかなく、本質的な子どもや家族の幸・不幸と関連がない」といわれています。 この検査の生命倫理的な問題に関しては、過去の検査においても散々議論され、ある程度の原則もできて、その原則にのっとって検査することが世界的にコンセンサスはできています。「新型出生前診断」が登場したことによって新しい問題が出てきたというようなことはありません。一方で社会的な側面を考えたとき、現状では障がいがハンディにならないような受け入れ態勢が、国や社会にないということです。「産むかどうか自己決定してください」と言いながら、現状では残念ながら、障害のある子どもの受け皿も保障は決して十分ではないといえます。 ―――「新型出生前診断」の費用は高額だそうですね。 検査費用は21万円です。費用のうち20万円近くは検査を提供する企業に支払われることになります。現状ではアメリカ4社の企業に独占されていますが、すでに価格競争も始まっているようです。いくら私達が「遺伝カウンセリングが重要だ」「自己決定が必要だ」と言ったところで、実際には資本の論理で動いている仕組みであることも否定できません。最近、アメリカの女優が「乳がんの遺伝子スクリーニング」の判定で、乳房を切除したというニュースが流れましたよね。実はあの検査を胎児に応用することは可能だろうと考えられているのです。 妊婦さんに「あなたのお腹の中にいる赤ちゃんが40歳、50歳になったとき、乳がんが発症する確率が○%ありますね」と言われたら、あなたはどう答えますか? 中絶するという判断はできますか? そうなったらもう自己決定の範囲を超えてしまいます。正確さは別にしても、この2、3年のうちには、自己選択でお金を払ってこのような検査をすることが可能な状況になるかもしれません。