「自己責任論」は「福祉の現場で働く人」に意外な影響を与えていた…その驚くべき実態
福祉の世界に入り込む「自己責任論」
だれかになにか悪いことが起きたときに、それを「本人の自業自得」だと考える「自己責任論」。 【写真】「日本のどこがダメなのか?」に対する中国ネット民の驚きの回答 自己責任論は、現代社会を考えるうえで一つの重要なキーワードとされることがある。しかし、自己責任論が、人の行動やふるまいにどのような影響を与えるのか、あるいは、自己責任論をもった人がどのような行動をとるのかは、一般的にはそれほど知られていない。 今回、自己責任論が、ある種の人々の行動やふるまいに与える影響を研究した、滋賀大学データサイエンス学部准教授の伊達平和さんと、東京通信大学人間福祉学部教授の稗田里香さんに話を聞いた(元の論文は「医療ソーシャルワーカーの依存症への関わりの積極性に対する規定要因――自己責任論に着目して――」〔2022年〕野村裕美・堀兼大朗との共著)。 【前編】「「自己責任論」は、人の行動や考え方にどんな影響を与えるのか…研究の「驚き」の結果」の記事では、少なくないソーシャルワーカーが「依存症は自己責任」と考えていること、そして、自己責任論を否定できない医療ソーシャルワーカーほど、依存症の人との関わりに積極的でないという結果を紹介した。 以下では、その事実がどのような含意をもつのかについて聞いた。 * ――そもそも医療ソーシャルワーカーの仕事はどのような意味で大切なのでしょうか。 稗田:医療現場のソーシャルワーカーが主要業務としているのは、「退院支援」でしょうか。病気で入院したけれど医療費が払えなかったり、依存症の疑いがあったり、退院後の生活が大変だったり、あるいは家族から「帰ってきてほしくない」と言われていたり、入退院を繰り返していたり……そんな人たちの「退院後」を支援するのは、ソーシャルワーカーの重要な役割です。 稗田:そうしたプロセスで、依存症の人を専門治療につなげる役割も期待されています。 いま日本では、病院や診療所を訪れた依存症患者が、依存症を見逃され、専門的な依存症治療につながっていないことが、「治療ギャップ」と呼ばれる大きな問題となっています。それを早期発見、早期治療につなげていくことが重要ですが、ソーシャルワーカーはこうした場面で大切な役割を担うのです。日本では毎年3万5000人がアルコール依存症で亡くなっており、それは4兆円の社会的損失につながっていることも算定されていますから。 また、ソーシャルワーカーは、困っている人であれば、それがだれであれ、排除せずに対処して、人権を守るという倫理綱領をもっているのです。「依存症は自己責任じゃない」と全員に言ってもらえるくらいの存在でなければならないと私は考えています。 ――そう考えると、ソーシャルワーカーが自己責任論を否定できないのは、けっこうあやういことかもしれませんね。 稗田:そうですね。ただ、ソーシャルワーカーを責めるのも酷な話ではあります。なぜなら、そもそもソーシャルワーカーの数が不足していて、十分にサポートをできる環境が整っていないとも言えるからです。 私たちの論文では、「職場環境」=「所属機関のソーシャルワーカーの人数」も、「関わりの積極性」を高める要因となることが明らかになりました。ソーシャルワーカーの人数が十分で、職場の環境が整備されていれば、依存症の人に積極的に関わろうと思うようになることが示唆されるということです。 稗田:さらに、「依存症回復者から話を聞いた経験」「自助グループとの関わり」も、「積極性」を高める要因となりました。 自助グループというのは、依存症の人たちどうしで集まって、お互いのつらい経験を共有できる場です。こうしたところで経験を共有することによって、依存症から回復したという方は、実際にたくさんいらっしゃいます。 こうした「回復した人」を目の当たりにすることで、関わりに積極的になるんですね。回復できる人が目の前にいて、語っていることが重要。そうした場面を見て、「身に染みた」というソーシャルワーカーはたくさんいます。 研修や自助グループへの参加、職場の整備は、重要な意義を持っていると言えます。 ――ありがとうございます。最後に、この研究を実施されて、「自己責任論」というものをどうお考えになったかおしえてください。 伊達:やや一般的な話になりますが、自己責任論というのは、なにか問題が起きたときに、それを「個人の問題としてとらえろ」という圧力です。「苦しい立場におかれているのは自分のせいだ」と思い込ませるような力、とも言えます。 こうした論理が広がると、なにか問題に苦しんでいる人が、支援を求めたり、抗議の声をあげたりしづらくなっていく。適切な福祉や生活保護につながれないということになりかねません。健全に「助けて」と言えるような社会をつくっていくことは非常に重要だと思います。
伊達 平和、稗田 里香