不眠症の経過を大きく左右する「信念と態度」とは 単なる眠れない病気ではない不眠症
なぜ心配事が「良い指標」になるのか?
これらの心配事をあえて“非機能的”と呼ぶのには大きく二つの理由がある。一つは心配の程度が強すぎて問題が生じる点、二つ目は不安が故に合理的とは言えない行動をとってしまう点である。どちらも不眠症をさらに悪化させる悪循環の原因となる。 まず不眠症の人が睡眠について過度に心配している点だが、不眠症の患者は実際に測定した睡眠時間の長さや睡眠の深さに比較して、自身の睡眠をより短く、より浅く感じていることが多い。この現象は“睡眠状態誤認”と呼ばれている(「不眠症の本質は睡眠時間の誤認である」)。つまり、実際の不眠症状の強さに不釣り合いなほどあれこれ悩んでいる患者が多い。 このような睡眠に対する不安の高まりが不眠症状を悪化させ、日々繰り返すうちに不眠恐怖となり、果てには寝床に向かうことを考えただけで緊張から目が冴えてしまう寝室恐怖に陥ってしまう。その悪循環については「“青木まりこ現象”からみた不眠の考察」で解説した。 また慢性的な不眠で悩むうちに、日中の不調や困りごとをすべて不眠が原因だと決めつける“誤った原因帰属”や、8時間以上眠るべき、ぐっすり以外は全然ダメなどの“べき思考/全か無か”など独特な思考パターンになる。これら睡眠に関する認知の歪みも不眠症では多く、後述する誤った行動変容につながってしまう。 非機能的と呼ばれる理由の二つ目はこれら心配事が不眠をさらに悪化させる行動変容をもたらす点である。 例えば、不眠に悩み始めると実際には5時間程度しか眠れていないのに、夜9時から朝6時まで9時間も寝室で過ごすなど、長時間にわたって寝床にしがみつくようになる。結果的に、眠れないままに悶々と寝床で過ごす時間が長くなり、このことが寝室恐怖の大きな原因となる。 少しでも長く寝床にいれば、その分だけ睡眠時間も長くなると考えたくなる気持ちは分かるが、就床行動が不眠症の改善を妨げることが研究で明らかになっている。何とかして眠らなければならないと焦りが高じて、さまざまな睡眠グッズを収集したり、睡眠薬に固執したり、多めに処方してくれないからと医療機関を転々とするドクターショッピングを行うなどの行動も見られる。これらの行動は不眠症の改善には効果が乏しいだけではなく、むしろ期待と失望の繰り返しから不眠恐怖、寝室恐怖を悪化させてしまう。 過去の一連の研究ではDBAS得点が高い人の脳波では高い覚醒度を意味するβ波(ベータ波、速波)の成分が多く、その傾向は夜間睡眠中まで持続することが明らかにされている。つまり、非機能的信念に基づく不安と緊張から「昼も夜も」目が冴えすぎている状態なのだ。 このような“過剰な覚醒(過覚醒)”から脱却するには、適切な薬物療法や誤った睡眠習慣を正す認知行動療法が効果的である。睡眠薬をやたらと変えたり多剤併用しても副作用で悩むだけである。睡眠薬だけで効果が乏しければ、不安を緩和する抗うつ薬や抗精神病薬なども用いられる。また、認知行動療法については何度か取り上げてきたが(「実に残念、期待の不眠治療アプリの保険適用が不認可に」)、これまでまとまって紹介したことが無いことに気付いた。次回紹介したい。
(三島和夫 睡眠専門医)