「山頂でもうひとつおにぎりを食べていたら…」 下山中にクマ「ほんとに現実なのか」襲撃された男性の“自問”
周囲の登山者に助けられて
クマの襲撃を受けてからおよそ1時間後、遠くのほうからヘリの音が聞こえてきた。まわりの人たちが「あ、来たよ」「あれじゃない?」と口々に言ったので、「やっと来てくれたか」と思った。それとほぼ同時に、下から警察と消防の救助隊員が上がってきた。警察官が消防隊員に「どれぐらい時間がありますか」と尋ねていたので、消防防災のヘリだったのだろう。 ピックアップされる前に、警察官から簡単な事情聴取を受けた。その際に、まだ気が動転していたせいか「クマに噛まれた」と述べて、それが新聞報道で流れたが、実際には噛まれておらず、受傷はほとんど爪によるものだった。 やがてヘリがホバリングの態勢に入り、ストレッチャーに乗せられて吊り上げられた。機内に引きずり入れられるときに左肩に強い痛みが走り、のちの診察で左鎖骨が折れていることが判明した。救助ヘリの上にはもう一機、報道のヘリが飛んでいて、救助活動の様子がこの日の夜のニュースで流された。事故発生からわずか1時間余り、どこからマスコミに情報が伝わったのか、不思議でならなかった。 搬送されたのは立川の病院で、すぐにCTスキャンやレントゲンを撮影し、傷を洗浄したのち縫合手術を受けた。傷は目の周囲と鼻、左胸と左腕、それに頭部にも一撃を受けていた。とくに目の周囲を縫うときは何本も痛み止めの注射を打ったのにあまり効果がなく、死ぬかと思うほど痛かった。 「正直、クマにやられているときよりも痛かったです」 頭部の傷はホチキスのようなものでパチンパチンと閉じられ、縫合は計40針ほどに及んだ。医者からは「眼球は大丈夫だけど、右目の筋肉が切れているかもしれない」と言われ、最悪、失明も覚悟し、「そうなってもしょうがないな」と思った。 報せを受けた両親は、その日のうちに病院に駆けつけてきた。重傷を負った息子を心配する両親の沈痛な様子を思い、「申し訳ない」という気持ちでいっぱいになった。 救急病棟に入院して2日後、両目を覆っていたガーゼが取れて、一般病棟に移った。ようやく目を開けられるようになって景色が見えたとき、「ああ、大丈夫だった」と深く安堵した。 実はこの山行にはあまり山慣れていない友達をひとり誘うつもりだったが、結局はひとりで行くことになった。もし同行していた友達がクマに襲われて大ケガでもするようなことになっていたら、彼の両親に顔向けできなかっただろうなと考えると、ひとりで行ってよかったのかなあとも思う。 集中治療室に入っている間、その友達からはたくさんのLINEが入っていた。松井がクマに襲われた前日には、御嶽山が噴火して多くの登山者が命を落としていた。友達は松井が山に行こうとしていたことを知っていたので、もしかしたら御嶽山に行ったのではないかと思って連絡を入れてきたのだが、まったく返信がなかったのでひどく心配していたらしい。一般病棟に移ってやっと連絡がついたときに、彼は言った。 「ずっと連絡していたのに、いったいどうしてたんだよ」 「実はクマに襲われて入院しているんだ」 「お前、マジつまんねーな。そういう冗談はいいから。御嶽山に行ったんじゃないかと思って、こっちは本気で心配していたんだぞ」 「いやいや、そう言われても。ほんとのことだし」 その後、何度か入退院を繰り返し、手術も2回行なった。一度目は粉砕骨折した鼻にチタンを入れ、二度目は切断された目と目の間の筋肉を糸で繋げた。ただ、潰れてしまった涙管はもとにはもどらなかった。ふつうだったら鼻のほうに流れていく涙が流れていかず、わずかな刺激を受けただけで目から溢れ出てきてしまうという。唯一残った後遺症がそれだった。
羽根田 治