伊藤美誠 第二章 再出発の第一歩「このままじゃ終われないし、終わりたくない」
東京オリンピック金メダリストの姿は、そこにはなかった。 パリオリンピック、卓球女子。同い年の“エース”早田ひなは故障を抱えながら奮闘し、もう一人の同世代・平野美宇もラケットを振り続ける。そして16歳の張本美和が躍動している時、伊藤美誠(24)の姿は長野にあった。 【配信】伊藤美誠 第二章 踏み出した再出発 ~新たなスタート地点と目指す未来~ 「赤しそ、おいしそう。あっ、あかシソ、おいシソ。ははは。めっちゃ、いいわ」 ラケットを持たずに、どこかへ出かける。24歳にして初めての経験。パリオリンピックはテレビで見ていた。 「夏休みは初めてです。行きたいところに行ったりとか、やりたいことをやったりとか。人生で初めてなんで。これだけゆっくりすることはないですね。ラケットを持たずに旅行できたことが一番のうれしさです」
それから2カ月後、初めての夏休みを終えた伊藤の姿はまたもや意外な場所にあった。フランスのある卓球場。再出発の第一歩は、“いい時の自分を蘇らせてくれるかもしれない”と考え、自ら踏み出した。 伊藤の強さの理由は、実にわかりやすい。自由奔放で型破り。わくわくするような、ひらめき卓球。 伊藤の代名詞でもある必殺技「美誠パンチ」はノーモーションのカウンターだが、これをここぞの場面で決めきる思い切りと度胸も伊藤のストロングポイントだ。大舞台が好きで、東京オリンピックでも笑顔の花を咲かせた。 しかし……。そこから運命は暗転する。苦しんだパリへの道。過密スケジュールの影響もあり、自分らしさを出すことができない。
ひらめきに満ちたプレーは影をひそめ、台頭する若手にも手を焼いた。第1回パリ五輪選考会では、当時15歳の張本美和に力負けした。 「どんどんボロボロになっていく自分がすごくあるので、卓球は好きなまま試合がしたい」と異例の策に出たこともあった。 通常、卓球の大会ではコーチがベンチに入りアドバイスを送ることができる。何かを変えたい伊藤は、2023シンガポールスマッシュで一人きりで試合に臨んだが、それでもかつての自分を取り戻すことはできなかった。 そしてそのままパリオリンピック代表の座には手が届かないままで終わった。 「大きな目標にしていたオリンピックは閉ざされてしまったんですけど、最後まで戦えたことはよかったと思います。これで終われないという気持ちはすごくあるんですけど、終わりたいという気持ちもあります」と伊藤は揺れ動く気持ちを吐露した。