大阪・関西万博を前に、いま忘れてはならない昭和の小説家小松左京の警鐘 70年「人類の進歩と調和」と25年「いのち輝く未来社会のデザイン」―テーマの成り立ちを検証、見えてきた違いとは…
堺屋の思想は2025年大阪・関西万博の源流でもある。誘致の立役者である前大阪市長・松井一郎は著書「政治家の喧嘩力」で経緯を明かしている。2度目の東京五輪開催が決まった2013年。大阪府・大阪市の特別顧問を務めていた堺屋は橋下徹・大阪市長(当時)と松井に対し、すし屋でこう打診する。「大阪を成長させていくためには、世界的にインパクトのあるイベントが必要だ」「もう一回、万博をやろうよ」 これをきっかけに、橋下、松井が率いる政治団体・大阪維新の会は誘致にまい進する。2014年8月、大阪維新を含む府議会最大会派が提出した提言の中で、万博誘致の目的はこう明記された。「更なるインバウンド(訪日客)施策の推進」。カジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致と並ぶ地域経済の成長戦略の一環だった。 ▽松井知事の「試案」 大阪府を中心に万博誘致について検討が始まった。世論を意識し、議題は「なぜ今、万博なのか」「なぜ大阪なのか」が中心になったようだ。当時、府知事だった松井は2016年6月、府の顧問らとともに「基本構想試案」をまとめて、公表した。示したテーマは「人類の健康・長寿への挑戦」。これは「松井知事の思いを形にしたもの」(「EXPO2025 大阪・関西万博 誘致活動の軌跡」)とされる。
直後に国への提案をまとめるための新たな会議体が立ち上がった。テーマについて「中高年のイメージがある」などの否定的な意見も出たが、代案の検討には至らなかった。2016年10月、細部の微修正を経て「試案」がほぼ変更されずに「基本構想案」として固まった。「知事の思い」がそのまま維持されたのだ。 ▽見えぬ哲学 大阪から構想案の提出を受けて、経済産業省は「2025年国際博覧会検討会」を設置した。万博開催国として立候補するための準備が主な目的だ。ノーベル賞受賞者で京都大教授の山中伸弥やスポーツジャーナリストの増田明美らが参画した。 経産省は議事録を作成しておらず、詳細を追うことはできない。ただ、会議資料によれば、事務局である経産省側が議論のアウトラインを決めていた経緯が分かる。経産省は他都市との誘致合戦を見据え、発展途上国も含めたより多くの国の支持を得るための改変を模索した。大阪では硬直的だったテーマが大きく変更される。第2回検討会で事務局は4つのテーマ案を提示する。