「オーガニックだから安全安心」は間違っている…「農薬は体に悪い」と信じる人に決定的に欠けている視点
■「完全メシ」は本当に完全と言えるのか だれもが忙しい昨今、「完全栄養食」とか「完全メシ」などと呼ばれる食品が注目されています。何が完全か、というと、公的機関が策定した「食事摂取基準」に基づき、すべての栄養素がバランスよく含まれ、もれなく摂れる、という意味で使われています。 製品によっては、1日に必要な栄養素の1/3を摂れる、とするものもあります。パン、冷凍食品、湯を注いで作るインスタント食品など、さまざまな製品があります。手間のかかる調理が要らず簡単に栄養を摂れるのですから、とても便利。 高価ではありますが、人気があるのもうなずけます。でも、完全とは言い難い、と私は思います。日本人の食事摂取基準で設定されている栄養素は33種類。でも、私たちは食事の中で、これ以外の栄養素も摂っているのです。 たとえば、ベリー類に多いとされるアントシアニンや大豆に含まれるイソフラボン、緑茶のカテキンなどの抗酸化物質は、先ほどの33種類には入っていませんが、動脈硬化・がん・老化・免疫機能の低下を緩和するとされています。 抗酸化物質を単独でサプリメントとして摂取するやり方は、人でがんや脳出血のリスクを上げるという報告があるほか、多数の病気予防や認知機能の低下防止にも効果がない、という調査報告が目立ちます。 ■「タイパ」と引き換えに手放してしまうこと 一方、多種類の穀物や野菜等を食べ多様な抗酸化物質を少しずつ摂ることの健康効果は、多数の研究で実証されています。完全食ではどうしても原材料が限られますし、加工工程でも抗酸化物質は減ってゆきます。添加されていても、種類は少ないのです。 また、完全食が手軽さ、簡便さを追求する以上、食べる時間も短くなりがち。食べるのが早いほど肥満度が高くなる、という関係がわかっています。 血糖値も急上昇し、血管がダメージを受けます。完全食は食べやすく加工されているので、野菜などを食べる時の「しっかり噛む」という動作も少なくなります。実はこれも健康に影響してきます。 80歳になっても自分の歯を20本以上保とうという運動を展開する8020推進財団によれば、噛むことで唾液が分泌され口内を浄化し虫歯や歯周病を防ぎ、食べ過ぎも防ぎ、高齢者では口の開閉運動にもつながるとのこと。 完全食の手軽さの陰で、こうした「普通に調理しさまざまな食品を食べること」の価値が一部失われることに注意が必要です。 ---------- 松永 和紀(まつなが・わき) 科学ジャーナリスト 京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社の記者を経て独立。食品の安全性や環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。主な著書は『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)、『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書、科学ジャーナリスト賞受賞)など。2021年7月より内閣府食品安全委員会委員(非常勤、リスクコミュニケーション担当)。記事は、所属する組織の見解ではなく、ジャーナリスト個人としての取材、見解に基づきます。 ----------
科学ジャーナリスト 松永 和紀