おいでやす小田 マネージャーがドン引きするほどの“貧乏性”!?「常人レベルじゃないらしく…」「楽屋で鼻かんだティッシュを…」
プロゴルファーの丸山茂樹がパーソナリティをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「ACN presents 丸山茂樹 MOVING SATURDAY」(毎週土曜 7:00~7:25)。12月21日(土)の放送は、お笑い芸人のおいでやす小田さんをゲストに迎え、お届けしました。
◆大声でキレる芸風はいつから?
丸山:小田さんは、1978年生まれ、京都府出身。大学時代に芸人を目指して中退と。なぜ中退しちゃったんですか? 小田:(芸人への)憧れがありまして。 丸山:でも、大学に通いながらでもいろいろなことができるなかで、それを中退してまでやめるっていうのは……芸人さんってゴルフみたいにプロテストに通るとかそういう問題じゃないから、意外と大学には最後まで行ってたほうがいいんじゃないかという考えもあるじゃない? 小田:そういう人もいますよね。大学に行きながら(芸人を)やってる人もいましたけど、とりあえず大学が向いてないというか、合わないというか意欲もなくて。元々、高校卒業のときにお笑い芸人になるか、とりあえず大学に行くか。芸人になろうとは思ってたんですけど、親の勧めもあって、「とりあえず大学に行きながら考えなさい」となって。 丸山:なるほど。 小田:そこで迷ったんですね。(高校卒業して)そのまま養成所に行くパターンも考えたんですけど、そこまで自分も逞しくもなかったし、知らんことも多かったから大学に行くってなっただけで、大学にぜひ行きたかったとかではないんですよね。 丸山:そういうことね。 小田:それで徐々に意欲がなくなっていって、もう(芸人)一本に絞ってという感じで。 丸山:結構昔から芸人になりたかったんですか? 小田:中学のときぐらいですかね。 丸山:理由は? 小田:もうベタで、ほんま僕ら世代はダウンタウンさん。姉がダウンタウンさんのファンやって。で、関西でやってる番組とか観てたのを、ちょっと覗いたりはしてたので。 丸山:なるほど。 小田:だから20代ぐらいのダウンタウンさんからもう知ってるので。憧れですね。僕ら世代はほとんどそうでしたけど。 丸山:この番組に来てくれる関西の方は、(芸人を志したきっかけは)ダウンタウンさんがやっぱり多いですよね。 小田:そうですよね。 丸山:小田さんは、2001年からコンビで活動ということで。最初は、コンビだったんだ? 小田:モンスターエンジンっていう関西のコンビの西森(洋一)という……。 丸山:いろんなの作るの上手い人? 小田:よくご存知で。その彼とコンビ(蛇腹)を組んでました。それが23年前ですかね。 丸山:7年後の2008年からピンになったと。 小田:そうです。 丸山:大声でキレてつっこむ芸風はどこから? 最初はそんな感じじゃなかったんですよね? 小田:まあ、僕も表で言ってるんですけど、(普段は)ほんまに物静かな人間なので(笑)。ほんまに穏やかな、争いごともイヤなタイプで。 丸山:そういう人が、どうして人の前で“笑わせよう”っていうことになるのかがわからないですよね。 小田:学生時代もおとなしかったし、声を張り上げるなんてことはない。いまだに普段からそんな(大声を張り上げる)ことないし……だから、親がビックリしてるんですわ。僕がテレビで「ワーワー」言ってるのを観て「そんな子じゃない」って(苦笑)。 丸山:(笑)。 小田:芸風がそうなった由縁というのが、それこそ楽屋になるんですかね。僕は、事務所のライブじゃなくて自分らでお金を出し合って小屋を借りて手売りでチケット作って売って……っていう地下芸人時代が長かったですけど、楽屋では相変わらずずっとこんな感じやったんですよ。 楽屋では、とにかく周りに何かやられて「おい!」って言うて、みんなが笑ってるっていうのはもう20年前から。だけど、それを表でやろうとは僕は思ってなかったんですよ。 丸山:うん。 小田:それが本業になるっていうか、メインにするほどのことではないやろうと僕は思ってたんです。楽屋でのノリというか。 丸山:ノリでね。 小田:それはもうずっと(芸人仲間と楽屋で)やってて。で、ピン芸人になって初めてネタで、表でやりだしたのがきっかけかもしれない。 丸山:なるほど、そうなんだね。