妻子へモラハラした父親と、それに傷つけられた娘。当事者とそれを支える人々の物語
かつては家族や部下に激しい叱責や罵倒などのモラハラ行為を行っていた男は、それが原因で妻子を失ったものの、その悔恨から会社では優しく理想的な上司へと生まれ変わりました。 一方、そんな男と絶縁した娘は、成長してからは恋人や部下へのキツイ態度で周囲の人を傷つけるようになって……。 【漫画を読む】『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』を最初から読む 先日発表された漫画『99%離婚 離婚した毒父は変わるのか』は、モラハラからの更生と夫婦関係の再構築をリアルに描いた『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』のシリーズ第二弾です。 原作者の中川瑛さんは自らモラハラ当事者であった過去を公表し、DVやモラハラの当事者が行動を改め自分を変えるためのコミュニティサービス『GADHA』を運営しています。『母親だから当たり前?』『規格外な夫婦』など、家族のあり方について描いた作品を発表してきた漫画家の龍たまこさんと一緒に、この社会問題を描いたシリーズ作品を発表してきました。 この新作『99%離婚 離婚した毒父は変わるのか』について、作者のおふたりにお話を伺いました。 ■『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』あらすじ 大手商社の管理職・鳥羽晴喜は、家族への暴言などのモラハラやDVが原因で離婚し、妻子からは絶縁されていました。自分の行動を顧みた鳥羽は、会社でもモラハラ的な態度を改め「仏の鳥羽さん」と呼ばれるような理解ある管理職になっていました。 家族へのモラハラを深く悔いている鳥羽は、今は同じように家族を失った赤城・深沢と男3人でルームシェアをして生活しています。はじめは妻子に出ていかれ戸建てで一人暮らしをしていた深沢の家に離婚した鳥羽が転がり込んだことがきっかけで、ふたりで生活していたところに妻に不倫されて調停中だった赤城も加わったのでした。自分の過去を後悔する3人は、今は自分たちで協力しあって家事をこなし、安定した生活をしていました。 一方、そんな鳥羽と絶縁した娘の浅間奈月は、今は広告会社勤務の会社員。彼女は恋人の陽多と同棲していますが、父親のモラハラがトラウマとなり、陽多にキツくあたってしまうこともありました。陽多と結婚することを決めていましたが、子どもを産む気はなく、父親にも結婚のことを伝えたくないと思っています。 会社でも上司からモラハラ気味の扱いを受ける奈月は、同じように部下にもつらくあたってしまうことがありました。そんな彼女はある日人事からの面談の連絡を受けて……。 ■『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』著者インタビュー ──自分のモラハラ行為を悔いる鳥羽は、おなじような境遇の独身男性たちとルームシェアをして暮らしています。原作者の中川さんが運営されるコミュニティサービス『GADHA』のような側面を持つこのコミュニティについて聞かせて下さい。 龍:シェアハウス自体が自助グループ的な役割を果たしているところが、今作の特徴的な部分だと思っています。シェアメイトである深沢、赤城、鳥羽の3人は同じような境遇を持った独り身のおじさんたち。一般的にイメージする独身おじさんたちの暮らしぶりとはちょっとイメージの違う生活をしていると思います。彼らは日々の掃除洗濯炊事などをきちんと自分たちでこなしていて、時にはクッキーを焼いたりもしている。 シェアハウスでは生活面のケアのみでなく、精神的なケアもおじさん同士でし合っている、というところが特に描きたかった部分です。GADHAも(編集部注・GADHA=原作者の中川さんが運営する、DVやモラハラの当事者が行動を改め自分を変えるためのコミュニティサービス)、「加害者同士でケアをし合う」というところが重要な要素ですので、まさにGADHAを具現化したような場所になっていると思います。 中川:鳥羽のシェアハウスについては、これはフィクショナルな存在ではありますが、もしもGADHAがオフラインで、実際に場があれば、こんなふうになればいいなと願って書いたものです。特に男性同士のケアを中心として、女性にケアを押し付けることなく、一緒に暮らしていくことはできるという願いを込めて描きました。 ──一方、父親からのモラハラに傷ついた奈月もまた、婚約者の陽多や会社の人々にキツくあたってしまうことがたびたびありました。しかし、周囲も奈月の心の傷に気づいて支えてくれる存在となっていますね。 中川:彼女の婚約者である陽多はとても重要な役割です。非難しない、責めないという関わりは彼女の変容のためにとても大切な基盤になりました。しかし同時に、それだけでは十分な変容には決して繋がっていなかった。それは、親密な他者との関わり以外の信頼がなかったため、結局、奈月は、この社会を、世界を信頼できていなかったからです。 公的な空間である職場という場所においては特に、彼女は戦場のような感覚で生きていきます。生きるか死ぬか、やるかやられるか、強いか弱いか。だからこそ、職場という空間が「怖い」場所じゃなくなっていくこと、もう少し正確にいうと、そこにいる人全員が敵なのではなくて、自分を気づかってくれる、心配してくれる、ケアの対象として扱ってくれる人がいるということが、彼女にとってとても大きな転機になるんだと思っています。 ──父親の鳥羽にとっても、娘の奈月にとっても、それぞれ支えてくれるコミュニティがあることが、大きな意味があるように思いました。 中川:人はやはり一人ではなかなか変わることが難しい。愚痴をこぼしたり弱音を吐いたり、日常のちょっとした喜びや、楽しいことをシェアできる人間関係があることは本当に大切なことだと思います。シェアハウスはある意味で極端な例ではありますが、SNSもそうだし、地域コミュニティもそうだし、モラハラ・DVなどで別居・離婚となった人もまた、学び変わりながら生きることができると信じています。 ──モラハラの当事者たちを描いたこの作品で、お二人がこの作品を通じて伝えたかったことを教えてください。 龍:「許さなくても、許されなくても、幸せに生きていい」この作品の根っこになるメッセージです。これが全てかなと思っております。 中川:「人は学び変わることができる」「遅すぎるということはない」「許さなくても幸せになっていい」「許されなくても幸せになっていい」 この4つが主要なメッセージです。 ──では、読者のみなさんへメッセージをお願いします。 龍:毒親育ちの方や、自身が毒親であるという自覚がある方、ハラスメントについて悩んでいる方など、たくさんの方に読んでもらえたらいいなと思います。父親を憎んでいた奈月の表情の変化や、鳥羽を含めたおじさんたちのシェアハウスでの生活ぶりに是非注目して読んでいただきたいです。個人的には奈月とその恋人・陽多のやりとりも気に入っているので、2人の会話なども楽しんでいただけたら嬉しいです。 中川:この本は、大きく2種類の方に届いて欲しいと願っています。ひとつは、変わろうとしている「毒親」と認識している方です。変わることは本当に大変だし、変わっても許されないかもしれない。それでも幸せになることは可能だと思って欲しい。周りの人、自分自身を、大切にできるように学び変わってもらえたらいいなと思っています。 もうひとつは「毒親を持った子ども」です。自分の生きづらさを理解しようと調べるにつけ、毒親といった知識を得て絶望する人は少なくありません。受け継がれているものなら、自分もそうなのかもしれないと思ってしまうからです。でも、その連鎖を止めることはできます。この物語を通して、「加害者は変われない」という思い込みがこの世界から減ることを願っています。 最後に絶対に付言させていただきたいことですが、被害者が、加害者を許す必要も義務も責任も決して存在しません。これだけはいくら言っても言い足りません。そして、被害者は加害者を許さなくても、幸せになれると信じています。 取材=ナツメヤシコ/文=レタスユキ