「めちゃコミ」1300億円売却の真相 名門・帝人がもがく多角化のワナ
日本製鉄、日立製作所、三井不動産――。こうした上場企業の証券コードは下2ケタに「01」が付く。業界を代表する老舗の上場企業の証しで、「ゼロイチ」銘柄と呼ばれる企業群だ。繊維大手の帝人も証券コード3401で、一角に名を連ねる。1918年に帝国人造絹糸として設立し、日本で初めて化学繊維レーヨンの生産技術を確立した。 【関連画像】帝人は繊維や樹脂などを組み合わせて顧客に提案するソリューション型ビジネスを模索する(写真はアラミド繊維、帝人提供) その名門・帝人が事業再編に踏み切る。IT(情報技術)子会社インフォコムの株式持ち分58%を、米投資ファンドのブラックストーンに売却するのだ。売却額は約1300億円に上る。 インフォコムは電子コミックの配信サービス「めちゃコミック(めちゃコミ)」を主力とする。女性向けに強く、電子コミックではNTT西日本グループの「コミックシーモア」などと並ぶ国内大手だ。2024年3月期で帝人グループの営業利益全体の約7割を稼ぐ、ドル箱部門だ。 日商岩井(現双日)の子会社を源流とするインフォコムは、01年に帝人の子会社と合併した。音楽など携帯電話向けコンテンツを手掛ける新規事業の一環で、06年に電子コミックに参入し、主力事業に成長した。 利益を稼ぐとはいえ、以前から電子コミック事業と帝人本体のシナジー(相乗効果)は限定的だった。ただ、インフォコムは医療関連システムにも強く、帝人向けのシステム開発も担ってきたことからグループ内にとどめてきた。 ここに来て売却を決断した背景には、帝人の収益力低下に歯止めがかからず、インフォコムを支えきれなくなったことがある。「ネットビジネスで勝ち残るための投資に割く余力がない」。帝人の内川哲茂社長はこう語る。 ここ数年、同社には逆風が続いた。素材事業でオランダや米国の工場で生産トラブルが相次ぎ、ヘルスケア事業では痛風治療薬「フェブリク」の特許が切れ、他社の後発薬にシェアを奪われた。売上高こそ増加傾向だが、売上高営業利益率は18年3月期以降、低下が続き、24年3月期はわずか1.3%だった。 内川社長は「同時多発的にトラブルが発生したときに対応するリソースがないという反省があった。難しい局面では身の丈に合わない」と語る。内川社長は就任した22年4月から構造改革を進めており、インフォコムも非注力事業と位置づけて切り離す。 インフォコム売却の検討が始まったのは22年7月下旬だ。 「目に見えるシナジーを生み出せるアイデアはないか」。帝人とインフォコムの幹部が何度も向き合い議論を重ねたものの、道筋をつけられなかった。 一方、買収に関心を持つ企業からは「コンテンツビジネスをもっとグローバルに展開できる」といった提案が相次いだ。帝人は23年9月に全株式を売却する方針をインフォコムに伝えた。買収の入札には事業会社や投資ファンドが計13社参加した。 帝人は素材事業とヘルスケア事業を軸に成長を目指し、売却で得た資金はM&A(合併・買収)や設備投資などに振り向ける方針だ。軽くて高強度の「アラミド繊維」では光ファイバーケーブル補強用で世界シェア25%を握り、大陸間を結ぶ電力ケーブルなどへの採用も狙う。航空機向けの炭素繊維も強く、東レなどと大手の一角を占める。 内川社長は「構造改革は道半ば。収益性の改善に一定のメドが立ったところで成長投資していきたい」と強調。インフォコム以外の事業の売却も視野に入れる。 だが、選択と集中を進めるだけで成長軌道に乗れるかは未知数だ。多角化経営がつまずいた背景にある、縦割り意識の強い風土の改善も欠かせない。