大澤 聡「リアルであれとメディアはいう――流行のSNS「BeReal.」の秘密にせまる」
偶然を差し込む
さきほど、1920年代後半から30年代にかけての、プロ文から随筆やルポ、実話へというブームの流れに、リアリズムの一貫性を見ておきました。 35年、小説家の中河与一は「偶然の毛毬」(『東京朝日新聞』2月9~11日)をはじめとする一連の論説で、凋落して久しい私小説を文字どおりのリアリズムの極北に位置づけ、一見それとは対極に思えるプロレタリア文学をセットにして、「必然」の思想とくくっています(いわずもがな、プロレタリア文学をささえるマルクス主義は歴史の法則性、つまり「歴史の必然」を前提にした思想体系です)。 そのうえで、純文学のシーンをびたびたに浸す「必然」こそが昨今の小説をつまらなくしている元凶なのだ、この停滞を打ち破るには「偶然」を作品に導入する以外にない。そうやって「文芸を蘇生させる」のだと中河は意気ごんだのですね。 それを発火点のひとつにして、35年、文壇や論壇では「偶然」論が空前のブームになる。 (後略) 大澤 聡(批評家、近畿大学准教授) 〔おおさわさとし〕 1978年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門はメディア史。著書に『批評メディア論』(日本出版学会奨励賞、内川芳美記念マス・コミュニケーション学会賞)、『教養主義のリハビリテーション』、編著に『1990年代論』『三木清教養論集』など。