村上春樹さんの新作「街とその不確かな壁」、識者はどう読んだか 「対談」独文学者・松永美穂さん×英米文学者・阿部公彦さん
阿部 村上さんは日本文学のアンチとして出発したのだと思います。女性にもてまくる主人公が登場するし、フィッツジェラルドを思わせる決め台詞も出てくる。日本文学的なウエットな駄目男の系譜に反発したのが分かります。そこから徐々に自由になっていき、成熟した文章を書く作家になりましたが、日本文学の中心にはならないだろうと思います。 ▽「どう受け取るかは読者に委ねられる終わり方」 松永 私も村上さんは日本文学の中心にいるのではなく、遠い場所に屹立している気がします。でも中心には誰がいるのかというと、分からないですね。 日本語による文学は多様化し、海外では村上さん以後の需要が高まっています。多和田葉子さんや小川洋子さんに加え、川上未映子さんや村田沙耶香さんといった女性作家が読まれるようになっている。リアリズムというよりも想像力を豊かに働かせて書く作家が多く、日本文学の新しい面を発信しています。 ―本書の終わり方についてはどう思いますか。
阿部 この作品は生と死を、対立するものではなく、連続しているものとして捉えていると思うのですが、最後も同じように感じました。 松永 いわゆるオープンエンドで、どう受け取るかは読者に委ねられる。それは読者を信じ、物語や言葉が作り出す力を信じることでもあると思います。 × × × 松永美穂(まつなが・みほ) 1958年名古屋市生まれ。ドイツ文学者。翻訳家。早稲田大教授。2000年に翻訳、出版したベルンハルト・シュリンク「朗読者」がベストセラーになり、毎日出版文化賞特別賞受賞。著書に「誤解でございます」など。 阿部公彦(あべ・まさひこ) 1966年横浜市生まれ。英米文学者。文芸評論家。翻訳家。東京大教授。2012年出版の「文学を〈凝視する〉」でサントリー学芸賞。他の著書に「幼さという戦略」「病んだ言葉 癒やす言葉 生きる言葉」など。 田村文(たむら・あや) 1965年埼玉県生まれ。共同通信編集委員。11年間、全567回にわたる連載「本の世界へようこそ」をまとめた著書「いつか君に出会ってほしい本」を今春、出版した。