【オーストラリア】【農業通信】どう見る?日本の乳製品市場 豪州酪農輸出大手バラフーズに聞く
オーストラリアの乳製品輸出額は2000年に25億豪ドルを突破して以来、23/24年度(23年7月~24年6月)には34億豪ドル(約3,210億円)に達するに至った。業界が安定して成長する中、直近では中国の台頭や東南アジア諸国での食生活の西洋化など、世界の乳製品市場は大きく変化している。一方国内では生産者乳価が高止まりし、生産コストも急騰した。オーストラリアの乳製品輸出企業は現在、輸出先の日本やアジアの市場をどう見ているのか、また高インフレにどう対応しているのか。製品の9割を輸出する乳業会社バラフーズ(Burra Foods)の販売・マーケティング本部長、ジョセフィン・リース(Josephine Rees)氏に聞いた。【オセアニア農業専門誌ウェルス編集部】 ――バラフーズの強みは何ですか? バラフーズは、オーストラリア南東部のビクトリア(VIC)州を拠点とする乳製品原料メーカーです。取扱商品は高品質の冷凍濃縮牛乳や濃縮クリーム、栄養ベース粉乳、乳幼児用粉乳、クリームチーズなど幅広く、取引先は国内のほか、アジア各国や中東諸国の食品製造業者です。 VIC州は、約80億リットルに上るオーストラリアの生乳生産量のうち、約60%のシェアを占める最大の酪農州です。当社はその中でも中心的な酪農地域であるギプスランド(Gippsland)に位置し、可能な限り新鮮な製品を供給しています。 バラフーズの最大の強みは、製品の高い品質です。私たちの顧客の90%以上が、製品の品質を評価して購入してくれていることが判明しています。私たちはこのことを非常に誇りに思っています。 顧客からはバラフーズは非常に協力的だという評価も得ています。ビジネスでは顧客と協力体制を構築することが、最良の結果が得られる近道です。顧客を中心に置く体制を整え、彼らの細かな要望や状況の変化に素早く対応することが、輸出ビジネスにおいては重要です。 当社よりも規模の大きな会社は小回りがきかず、きめ細かな顧客への対応ができない場合があることを考えると、こうしたことは、当社の強みになることだと思います。 最近では日本市場向けの製品を開発し、私は今年4月に日本を訪問していました。 ――課題は何ですか? バラフーズの当面の課題は、インフレの影響が大きくコスト管理が困難になっていることです。 そのため当社は現在、生産性の向上に焦点を当てています。これには集中と協力が必要です。顧客や供給パートナーとより緊密に連携し、品質を損なうことなく効率を上げることを重視しています。 ――バラフーズは日本市場をどのように見ていますか? バラフーズの日本市場での販売高は、これまでの約30年間にわたり常に一定で、安定しています。安定とは私たちのような輸出ビジネスにとって非常に魅力的な点であり、日本でビジネスを行いたいと思う第一の理由です。 長期間の取引関係を通じ、日本の顧客と私たちの関係はより強固になっており、私たちはそれを非常に大切にしています。ビジネスにおいて関係の強さや安定性は最も重要なことであり、これは日本とオーストラリアの長期にわたる貿易関係の強さに支えられていると考えています。 もちろん、パンやアイスクリームの流行といった消費トレンドは日本でも存在します。しかし日本は安定し、信頼できる市場だと考えています。 さらに、当社が日本を貴重な市場だと考えているもう一つの理由は、品質を重要視している市場だという点です。先ほどお話ししたように、私たちの顧客のほとんどは、私たちの製品の品質を評価し、購入してくれています。 日本市場が品質に対し最大のコミットメントを掲げていることは、私たちの水準を押し上げているという側面があります。実際に日本側が私たちに対し、品質に関する高い水準を要求してくることもあります。しかしそれは私たちにとっても良いことだと思います。なぜなら、私たちは日本の要求に応えるために「常にハードルのバーを高く上げておく」必要があり、それは私たちの品質レベルを高く維持することにつながるからです。こうしたことは、私たちのすべての顧客にとって、非常に重要なことです。 日本からの価格引き下げ要求は厳しいか、ですか? 価格の合意には、交渉が常に付き物ですね(笑)。交渉とはすべてを妥協した目先のバーター取引ではありません。お互いの信頼が重要だと考えています。 もちろん、日本も世界的なインフレ圧力と無縁とは言えなくなっていると思います。これまでにあまりなかったことだと思いますが、インフレ圧力をどこかで吸収しなければなりませんから、日本の消費者に対する販売価格の上昇という形で影響を与えています。 ――では、中国や東南アジア市場をどう見ていますか? この地域の市場は急速に成長しており、大きな期待が寄せられています。しかし過去1年間で中国市場の減速がみられたように、不安定でもあります。このこと自体が課題でもあり、予測も困難な市場だと思います。 一方で、中国や東南アジアでは食生活に革新的な動きがみられ、酪農乳業界にとっては消費を拡大する新たな方法が生まれるという意味で、刺激的だと思います。 その一例は、バブルティー(タピオカミルクティー)がこの市場で生まれたことです。このトレンドは東南アジアの地域全体の市場に広がりました。新しい商品群が生まれ、それに対し私たちが乳製品を供給できるということは、非常に喜ばしいことであり、成長の好機だと言えます。 その他の例として、中国のパン食の傾向も同様です。中国のパン作りは西洋諸国から取り入れた部分もありますが、特に日本のおいしくて高級なパン専門店をヒントにしていますね。 このようなトレンドは、バラフーズが製造する乳製品原料に対する需要をさらに押し上げる可能性があります。私たちは、この市場で成長の機会は数多くあると考えています。 ただし、こうした急進的成長とも言える市場は、先ほどお話ししたように予想が困難です。日本のような安定市場とバランスを取る必要があるとも考えています。 バラフーズの中国向けの売上高は、全体の約10%です。私たちは、これについては非常に慎重に検討し、特定の市場への過度な偏りはないようにしています。 ――オーストラリアや日本を含む世界中で生産コストが上昇しています。バラフーズはどのように対応していますか? この問題は、酪農家を含む業界全体の課題と言っていいと思います。オーストラリアでは、消費者物価指数(CPI)は直近で3.6%上昇し、これまでの最高値は7.8%上昇という高さに及んでいます。 残念ながらバラフーズは最終手段として、こうした物価上昇圧力の一部を顧客に転嫁しなければなりませんでした。 一方で、私たちは工場における生産性と効率性の向上に取り組み、供給パートナーである酪農家の支援も継続し、必要に応じた投資を行っています。こうした活動に対し私たちの投資家は非常に協力的です。 また、商品への付加価値の追加や新製品の発売を通じて、製品ポートフォリオの利益率を向上させることにも焦点を当てています。当社はこのほどクリームチーズの新商品を発売しました。需要も高まっており、複数の顧客からこの分野で商品開発したいと関心が寄せられています。 さらに、コスト増への対応としては、効率を高めるために最大の利益をもたらす製品を、最適化して販売することに注力しています。コモディティー(商品)市場の価格上昇から逃れることはできませんから、最適な商品を最適な市場に投入することがより重要になっています。 顧客からは当社の開発力に信頼を寄せていただいていますし、バラフーズは品ぞろえを革新的に多様化してきた長い歴史があります。私たちは今後も投資を続け、クリームチーズなどに新たなベンチマークを設けたいと思っています。 ――コスト上昇の理由の一つに、国内の乳価の高止まりがあります 数多くのオーストラリアの乳業会社と同様に、バラフーズもこの問題には長期間悩まされてきました。 市場コストの負担増加をすべて価格に転嫁し市場から回収することは不可能なため、工場の効率改善とコスト削減を実行し、価値を向上させる新しい方法に焦点を当ててきました。 ただ直近では、コスト削減のためにリストラを継続するよりもむしろ、収益を向上させるための投資の検討に入っています。これによって、先ほどお話ししたクリームチーズ製品には株主からの投資が投入され、顧客から好評を得ているという形です。 一方で、生産者乳価の上昇にはプラスの側面もありました。酪農家に楽観的な見方が生まれたのです。収入増加により酪農家は生乳生産を促進するために農場への投資を行うことが可能となり、これにより生乳の生産量が増加しました。 私たちはオーストラリアの酪農乳業界の見通しについては楽観的で、市場にはチャンスがあると考えています。既存市場と新規市場の両方で、新たな高価値の機会を開拓することができています。 新規市場として期待できるのは、中東諸国です。市場機会を活用するために、人材確保とサプライヤーとの協力関係の構築にも投資しています。 ――乳価の上昇は、バラフーズを含むオーストラリアの乳製品の競争力に影響していますか? オーストラリアの生産者乳価は平均約9.4豪ドル(乳固形分1kg当たり)です。それに対し、隣国ニュージーランド(NZ)は約7.14豪ドルです。バラフーズは、製品の約90%を輸出していますので、この約2豪ドルにもなる価格差のために、輸出先の市場や商品によっては競合との競争が厳しくなっています。 オーストラリアにはNZや米国から安価なチーズが輸入され、欧州からは安価なバターが入ってきています。乳製品の輸入が過去12カ月で16%も急増したといわれています。 オーストラリアの消費者は、こうした輸入品をスーパーマーケットで目にすることがますます増えると思います。また、小売市場だけでなく、レストランやカフェ、食材メーカーが用いる乳製品原料も国産から輸入品に切り替わることもあるでしょう。アイスクリームの輸入も3割増加し、国産品に圧力を加えています。 こうした厳しさがこれからも続くことも考えられます。そのため私たちは、付加価値の高い製品に注力する取り組みを行い、今後も継続します。 これにより、先ほど申し上げたクリームチーズの生産能力を大幅に拡大する予定です。株主は今年後半に1,100万豪ドルをこの事業に投資し、収益の向上につなげ、雇用の拡大も計画しています。 ただし、NZ産乳製品の価格はコモディティーとしての要素が強い一方で、オーストラリアの価格は付加価値が付いたものという性質の違いがある点を付け加えたいと思います。(聞き手=湖城修一)