最先端の人工股関節手術を撮る : 「生命」や「身体」をテーマに撮り続けてきた写真家が、妻の手術に立ち会いフォトドキュメントで伝える
術前カンファレンス
手術1週間前、通称「お絵描き室」と呼ばれる部屋に医師が集まる。レントゲンやCTなどの膨大な検査画像に囲まれながら、翌週に手術予定の患者ひとりひとりに最適な手術方式を、細かく検証していく。 机上には、人工股関節の各メーカーにより作られた、インプラントのひな形が描かれている透明なシート。この上にトレース紙をのせ、鉛筆を使い、術前計画に沿ってインプラントの挿入位置を確認する。 「僕は、骨は青、インプラントは赤で描くのが、見た目が美しいと思って色分けしてる。でも黒一色で描く人もいるし、それぞれですね」 松原医師は、その日も朝7時に来て、次回執刀日に手術を予定している患者分の術前計画を描いたという。 股関節センターでは術前計画を立てるのに3次元(3D)ナビゲーションソフトを導入しており、手描きのトレース図の作成が必須なわけではない。しかし、試行錯誤しながら線を引く作業は手術前のシミュレーションになり、まだ場数を踏んでいない若い医師にとってはイメージトレーニングになる。その場合でも、必ず松原医師が最終確認をする。 「先輩から『描いてるうちに、骨の後ろの組織の関係とか、隠れている線が見えてくる』と教わったんです。僕が若手の頃は3Dとかなかったから。30年前からこのスタイルですね」と、体で覚える意味を強調する。 このカンファレンスルームが「お絵描き室」と呼ばれているのは、松原医師のこうした姿勢に対する、医療チームの共感の現れだろう。
手術が始まる
妻は全身麻酔で眠っている。 術式は前側方進入方式。松原医師は、今でこそ全国に普及しているこの術式を日本に導入したパイオニアだ。股関節に近い後ろ側から切るのが当時は主流だったが、それでは筋肉や組織まで切れてしまい、元に戻らない。「もっといい方法がないか」と模索していた時、ある学会で、ドイツの医師が考案した術式を聞き「これだと直感、すぐにドイツに飛んで直接教えてもらった」。新方式は、前方から筋肉や腱を傷つけないで進むため、術後の回復が目覚ましい画期的なものだった。股関節センターでは2009年から、全ての手術をこの方式で行っているという。 日本人に合った人工股関節の開発、3D-CTモデルを活用した新ナビゲーション手術の研究、使いやすい手術道具の創出など、豊富な手術の経験に裏打ちされた創意と工夫の「松原流」が、股関節センターの次世代スタッフに確実に引き継がれているのを、様々な場面で実感する。