「うどん県」香川の食卓ピンチ、小麦高騰で世界が争奪戦 ウクライナ侵攻の思わぬ影 #生活危機
値上げできず廃業も うどん店の苦しみ
「間違えている。変な数字のごまかしだ」 県内58社が加盟する本場さぬきうどん協同組合の理事長で、小豆島でうどん店を経営する大峯茂樹さん(74)は、こうした政府の対応に憤る。輸入小麦の価格据え置きで、うどん店の経営は一層厳しくなったという。 どういうことか。 コロナ禍で客足が十分に戻らないなか、天ぷら粉や塩、醤油、油、肉、包装資材などあらゆる原材料価格や光熱費が高騰し、10月には最低賃金も引き上げられた。10月の輸入小麦の価格改定は、うどんの値上げに客の理解を得られる機会とみていた店主らは、はしごを外された。 「(据え置きは)寝耳に水だったんですよ。やっぱり上げられないじゃないですか。自助努力、全部そういう格好になったんです。だから後継者問題で悩んでいるところなんかは、おやめになった。廃業です」 コロナ前は県内に約620のうどん店があったが、これまでに約30が廃業したという。 来年4月の価格改定では、戦争の先送り分に急激な円安、輸送費高などが上乗せされる。 「どんと上がってくる。全部乗っかってくる。小麦粉25キロ1袋が2千円ぐらい上がるんじゃないかって言われています。50%上がるということです」 業界では、来年4月まで待たず、年明けにも予想されている国内産小麦の値上げに合わせて、うどんを値上げすることが議論されているという。 「大変な世界です。小麦が50%上がったから売値を50%上げるというわけにはいかないわけですよ。絶対、それは国民が認めてくれないんで、なんとか1月に上げちゃおうと」
香川とウクライナ ちぎれかけた命綱
小麦価格に神経をすり減らしてきた大峯さんが10月末、肝を冷やしたニュースがあった。 戦争で封鎖されていた黒海からウクライナ産穀物を輸出する合意ついて、ロシアがクリミア半島への攻撃を理由に突然参加をとりやめ、小麦の先物価格が一気に6%も跳ね上がったのだ。4日後に復帰したものの、11月19日が期限切れだった合意の延長もあやぶまれた。 この合意は、黒海の出口にあたるトルコのイスタンブールで、国連とトルコ、ウクライナ、ロシアが穀物や肥料以外の積み荷がないか検査することで船の安全を保証する仕組みだ。8月からウクライナ産の穀物約1300万トンが世界に届けられ、価格の安定につながった。 小麦価格の「命綱」ともいえるこの合意の現場を訪ねた。 検査団に同行して連絡船でマルマラ海に出ると、静かな洋上は約140もの大型貨物船で埋め尽くされていた。ほとんどが検査待ちの船だ。小麦3万トンをエチオピアに運ぶ世界食糧計画(WFP)のニュー・アイランド号にはしごを伝って乗り込んだ。 甲板に並ぶ5つの大型格納庫のうち、4つは大量の小麦が積まれていた。ロシアの検査官の意向に従って空の格納庫の底に下り、山積みの空のナイロン袋の中をのぞき込んだり、上から押したり。3時間がかりの作業だ。3班態勢でこの日、7隻を検査した。 何をどこまで検査するのか、判断の鍵を握るのはロシアだ。ウクライナ側は「ロシアが意図的に検査を遅らせている」といら立ちを強め、ロシア側は「欧米の経済制裁で自国からの輸出が進まない」と不満をぶちまけ、合意の120日間の延長が決まったのは失効2日前だった。 大峯さんらは肩をなでおろしたものの、船の滞留が解消したわけではない。国連によると、今なお100隻前後が滞留しており、順番を1か月以上待っている船もあるという。 この先もロシアが突然、参加を停止する心配があるうえ、来年3月以降もロシアが合意の再延長に同意するかも不明だ。そしてそのころ日本では、4月の輸入小麦の価格改定を迎える。