「警察庁潜入は簡単だった」 国松警察庁長官狙撃事件を自白した秘密工作員の語った犯行の驚くべき一部始終
21メートル先の長官を狙撃
《長官がマンションから出てきたのは、午前8時30分頃のことでした。本来、公用車に乗車する際の静止した長官までの想定射程距離は約30メートル。しかし、この日にかぎり、長官は、秘書官を伴い、手前の通用口から姿を現したので、距離は約21メートルになりました。 私はコートの下に隠し持ったコルト・パイソンを両手で把持し、銃床を右肩に当てて、ターゲットに銃口を向けました。1発目は、標的の上半身である背中の中心部を狙い、引き鉄(がね)に指の重みを加えました。轟音(ごうおん)とともに発射された弾丸は長官の背中に命中。すぐさま左手親指で撃鉄を起こし、第2弾を放とうとしました。しかし、後ろから357マグナム弾のエネルギーで突き飛ばされる形になった長官は前のめりになり、射手から見ると、その上半身は予想外なほど、水平かそれ以下に折れ曲がって、腰(よう)部の陰で見えなくなってしまいました。そのため、私は臀(でん)部の上部から左腰にかけてのあたりを狙うしかなく、長官が地面に倒れこむ寸前にその部分に銃弾を撃ち込んだのです。 つづけざまに3発目の照準を合わせようとしましたが、またもや計算外の事態が起こりました。今度は傍らの秘書官がとっさに身を挺(てい)して、長官に覆(おお)いかぶさったのです。しかしながら、秘書官の体は長官の全身を隠し切ることはできず、その右股(もも)から下の部分はのぞいていました。そこで私は秘書官の体を避け、そのズボンすれすれに、長官の露出した右足の付け根辺りに狙いを定めました。かなり際どい射撃でしたが、狙い通り、銃弾は右大腿(だいたい)部の股付近を抉(えぐ)ったのです。 それでも秘書官は臆(おく)することなく、懸命に長官の体を抱え込み、這うようにして、傍らの植え込みの陰に引き入れました。私には、人間の楯に守られた長官に4発目の銃弾を浴びせることはできませんでした。そのかわり、左手前方に、護衛車両から飛び出してきた私服警官が視界に入ったので、これに向けて、追撃を怯(ひる)ませるための威嚇(いかく)射撃を行ったのです。 狙撃後、パイソンから銃床を外し、ショルダーバッグにしまうと、私は近くのFポートの外側壁に立てかけておいた自転車に乗り、猛然とペダルをこぎました。まずはFポートの建物沿いにマンション敷地内を西に向かい、建物の西端の切れ目まで来ると、スピードを緩め、隅田川河畔沿いの道路の方をうかがいました。これは、警備の護衛車両が先回りして、自分を追ってきていないか確認するためでした。 側方に追っ手の影がないことを確認すると、私はほぼ直角に進路を左に変え、高層棟「タワーズ」を通り過ぎて、南へ向かいました。途中、左手の方で管理人が私を見ているのは分かりましたが、意に介さず走り去り、マンション敷地外に出る通路に達しました。こうして、私はアクロシティをL字型に横断、敷地から公道に出たのです。 その際もまず、右手の隅田川方向からの追撃を確認しましたが、ここでもその気配はありませんでした。が、次の瞬間、私はヒヤッとしました。左側から歩いてきていた浮浪者風の男に気づかず、ぶつかりそうになったのです。何とか接触を避け、そのままハヤシの車が待機しているNTTの駐車場に向かいました。その千住間道をはさんだ筋向かいの喫茶店の東側壁面に自転車を立てかけて、無施錠(せじょう)で乗り捨て、ハヤシの運転する軽自動車に乗車しました。車は千住間道から明治通りに入り、宮地陸橋を経て、道灌山通りを通って、JR西日暮里駅に到着しました。 そこで私は車を降りて、ハヤシと別れました。西日暮里駅から均一回数券を使って山手線内回りに乗り、新宿駅まで行き、銃器類を安田生命ビルにあった貸金庫に戻したのです。 それから、私は再び新宿駅に戻り、JR中央線に乗って、武蔵小金井駅で下車。バスに乗り換えて、アジトだった小平市のコーポに帰還しました。 その際、JR武蔵小金井駅の構内や周辺でかなりの数の警察官らが動員されているのを目にし、「こんなところにまでこれほどの緊急配備が敷かれたのか」と少し、驚きました。後日、その際の様子を、「緊急配備」という詩にまとめていますが、それは、名張のアジトから発見、押収されたフロッピー・ディスクの中に記録されています》