日本で音楽都市を実現するための、音楽文化を「翻訳」する方法
日本で「都市の文化」をもう一度つくる方法
最後に若林と、CANTEEN代表である遠山啓一の対談「アーティストに自由を――都市文化を生み出すCANTEENの挑戦」が行われた。 CANTEENは、ラッパーTohjiをはじめとするアーティストのマネジメント/作品制作をはじめ、アートギャラリー「CON_」の運営など、インディペンデントにクリエイティブ・ビジネスの成長をサポートする2019年創業の企業だ。直近でも「都市と文化」をテーマにした両者の対談が行われている。 遠山は「アーティストがもっと自由に活動できるためにはどうすれば良いかという発想からCANTEENをやっている」と語り、自らの会社を「都市文化の会社」と規定している。 「僕は具体美術協会という、1960~70年代に関西で活躍したファインアート集団の拠点であった『グタイピナコテカ』に大きな影響を受けています。代表の吉原治良はアーティストでもあり、食用油メーカーの社長でもありました。グタイピナコテカが特徴的だったのは、そこがアトリエ、スタジオ、社交場の機能をすべて兼ね備えていたことです。そこはルーチョ・フォンタナ、サム・フランシスなどの展示が行われ、イサム・ノグチやジャスパー・ジョーンズのような作家が集まる場所になり、評論家のクレメント・グリーンバーグや世界的なコレクターであるペギー・グッケンハイムなどが頻繁に出入りすることで、具体の活動を一気に世界的なレベルに押し上げました。外的な要因に囚われず制作/発表が可能になると、今度はその場所でやる意味──つまりアイデンティティやオーセンティシティが必要になります。場所が機能するとさまざまな資本が流れ込み、批評が生まれ、外部との接続が生まれる。解釈を拡大していくと都市自体にもそうした機能があると僕は考えています」 遠山はシャピロが語った、行政担当者が音楽や周辺ビジネスに対する知見に乏しい現状に同意しつつ、このように持論を語った。 「行政担当者の不知を嘆くのは簡単ですが、政府や行政担当者に支援してほしいとロビイングするならば、ほかの文化・芸術ジャンルはもちろんのこと、例えば観光や飲食産業を差し置いても、なぜ音楽が重要で価値があるものなかを正しく訴えなければなりません。ただ、一癖も二癖もあるアーティストやギャラリストらと公務員が共通の言語で話し合うというのは難しい面も確かにあります。だからこそ、コミュニケーションが円滑に行われるようなデザインをどう設計するのかが重要です。それが『政治力』ということなのだと思います。芸能やマスメディア、アニメなどを除くと、音楽に関わるほとんどの人材が実際の政治からとても遠いところにいると感じています」 彼は、日本が世界2位の音楽市場を持っているのにも関わらず、海外アーティストのバイオグラフィに日本でライブを行ったことが明記されない現状、いわば文化的に軽視された立ち位置にあることに大きな憤りを感じ続けていると言う。一方で、ロンドンで目撃した都市文化のエコシステムの強固さには非常に驚いたと話す。 「自分がロンドンにいたころ、友人のアーティストたちがアーツカウンシルや、PRS Foundation(イギリスのJASRACのような団体が出資している基金)などを日本よりもずっとカジュアルに活用しているのを横で見ていて、日本の公的基金や補助金との差を強く感じました。それ以外にも公的組織と民間による絶妙な協力関係による都市文化のエコシステムがありとあらゆる場所で機能しており、いまの日本では絶対に勝てないと衝撃を受ける日々でした」 「数年前、CANTEENもある自治体から音楽事業者の活性化に関する政策提言のような仕事を請け負ったことがあります。コロナ禍において、その自治体は音楽に関わる事業者をサポートしようとしたのだけれども、そもそもビジネスモデルやプレイヤーが不明瞭で、コネクションもない状況だったんです。具体的にどんなプレイヤーが存在しており、どんなニーズがあるのかがわからないと話していました。なので、それを定性/定量的に知るためのフィールドワークを担当者と一緒に行いました。その街で夜、若者はどんなことをして、どう遊んでいるのか。まずこうした状況からのスタートだったんです。例えば飲食業であれば、コロナ禍が始まったと同時に、業界団体との連携により、補助金をはじめとして具体的な支援策がどんどん実行されていたように思います。音楽というものが、ある種遅れた立ち位置にいるという認識を強く持つ必要があるなと再認識したプロジェクトでした」 CANTEENについて若林は「都市を起点に自主的な文化が育つ機能」の最新形だと感じたという。世界中でダンスミュージックのイベント/配信を手掛けるBoiler Roomと、CANTEEN所属アーティストTohjiが主催するパーティ「u-ha」のコラボイベントに参加したレイブクルー「みんなのきもち」のDJプレイは約170万回再生を越える。ここに映される日本とは思えない盛り上がりは「新しい東京のイメージ」そのものだ。 遠山たちは「イベントはアーティストだけではなく、観客の振る舞いも含めた全体で作り上げるものです。だからもっと主体的に楽しんで参加してほしい」という意図をもとにイベントにおける場所やコミュニケーションのデザインを何年もかけて積み重ね、こうした場を作り上げたと語る。 「僕らはお客さんたちを、ムーブメントを一緒につくる仲間だと思っています。演者と観客をきれいにわける必要はないんです。イベントをひとつ企画するにあたっても、さまざまな工夫をしています。会場内もフロアに段差を作って踊りが目立つお客さんが見えるようにする、装飾を自分たちでやる、鳴り物を配る、普段のフロアと違う照明を入れるといった工夫をすると、お客さんの行動が変わります。空間に対して身体が主体的に動いていくことが大事なんです。たとえ作品をつくっていなくても、踊ることもまた音楽の解釈であり、そこには自分のアイデンティティも関わってきます。なのでこうした活動をしていると、お客さんのなかから自然と個性を持ったクリエイターも出てきます」 「アーティストやイベントプロダクションだけではなくて、お客さんがパーティの雰囲気や強度を作る。産業やプレーヤーだけではなくて、お客さんがパーティの雰囲気をつくるし、それは政治やまちづくりにも同じことが言えるはずです。その場にいる人を巻き込んだ共創が生まれるためには、強度の高いコンテンツとそれを通じた適切なコミュニケーションの設計が大事です。良い空間だけあってもだめ。良いコンテンツやテナントがそこにあるだけでも不十分。都市文化が生まれるためには、その上でどのようなコミュニケーションを行えば正しい方向に進むのかを各事業者やプレイヤーが考えイニシアチブを共有する必要があると考えます」 本イベントの主催でもある黒鳥社若林は「文化を生み出すためにリアルな空間が必要な理由について、非常に高い解像度で聞くことができました」と対談を締めくくった。 Music City Conferenceは今回がキックオフの位置づけとなる。「いまの東京はつまらないよね」「行政のエンタメ・カルチャー支援が的外れに感じる」といった不満が語られる場はいくつもあったが、では何をどうすれば良いかを真剣に考える場はまだそこまで多くないはずだ。そうした考えに共感する人は、ぜひ次のイベントに参加してみてほしい。
Yuki Jimbo