日本で音楽都市を実現するための、音楽文化を「翻訳」する方法
都市と音楽には密接な関係がある。街を歩けば必ずどこかで音楽がかかっているし、「ジャズの街」「ロックの街」のような言い方で街の魅力を発信する自治体も少なくない。とはいえ、都市に音楽は本当に不可欠なものなのだろうか。その理由をはっきりと説明することができる人は多くないだろう。その答えを考えるカンファレンスイベント「なぜ都市に音楽は必要なのか? みんなで考える音楽都市のつくり方 Music City Conference Vol.00」が、9月20~21日に東京・九段下で開催された。 【画像を見る】「Music City Conference Vol.00」イベントの様子 Music City Conferenceは、「音楽都市」というコンセプトをかかげ、音楽を用いた施策で世界各地の都市を豊かに開発してきたイギリスのコンサルティング会社「Sound Diplomacy」の創業者シェイン・シャピロが2023年9月に上梓した『THIS MUST BE THE PLACE: How Music Can Make Your City Better』の邦訳版制作をきっかけとしたものだ。邦訳版の出版元となる黒鳥社が、単なる翻訳書の出版にとどまらず、これをきっかけとして「日本で音楽都市を実現するためにどのようなことが可能なのか」を考え行動していくためのプロジェクトのキックオフにあたる。本プロジェクトには黒鳥社に加え、ナイトタイムエコノミー推進協議会、ハード・ソフトの両面で「居心地の良い街づくり」を実現する東邦レオ株式会社も携わる。
音楽都市とは「都市の課題を音楽で解決するソリューション」
初日となる20日は自治体向けのセッションとして、シャピロによる「音楽都市のつくり方」のレクチャーに加えて「音楽×まちづくり」を実践する5つの自治体(川崎市、浜松市、福井市、京都市、福岡市)の施策担当者によるプレゼンテーションとディスカッションが行われた。 本稿では一般公開された翌21日の模様をお伝えする。イベントは、まずシャピロによるプレゼンから始まった。 Sound Diplomacyは2013年に設立され、これまでに40ヶ国・130都市において音楽にまつわる都市政策にアドバイスを行っている。シャピロらの長年の主張は「再開発、観光、教育といった都市に関する政策において、音楽が必ず何らかのかたちで関係しているにもかかわらず、音楽そのものや産業従事者があまりにも軽んじられすぎている」ということだ。 日本のさまざまな都市でも、音楽フェスティバルの立ち上げやライブ施設の建設など、音楽を通してその街の経済成長や課題解決を試みる施策は行われている。その一方で、シャピロはナイトクラブの騒音規制や営業規定をはじめとする各種規制の厳しさや、ハード面以外のインフラ──つまり音楽に関わる人材へのサポートの薄さを指摘する。 「クラブは軍の基地、刑務所、空港の次に規制が多い施設なんです。音楽があらゆる領域に関わる営みだからこそ、こうした音楽にまつわる施設は、他の法律や規制に多大な影響を受けてがんじがらめになってしまうのです。 政府や行政は、音楽を経済成長のためのドライバーとしたいにもかかわらず、音楽産業を形成するビジネスモデルやエコシステムについて、あまりに知識が不足している状況ではないでしょうか」 Sound Diplomacyが提唱する音楽都市に向けた施策とは「音楽イベントの開催」「音楽教育支援によるアーティスト育成推進」といった、直接的なアプローチだけではない。その都市に音楽の持続可能なエコシステムを構築するための、より広範囲にわたる取り組みが不可欠だというのがシャピロたちの考えだ。 これまで同社が手掛けてきた実績例を挙げると、世界的に「歌の国」として知られるウェールズにおいては、草の根の取り組みから大規模なイベントまで、あらゆるレベルの音楽産業の保護と発展を任務とする音楽委員会を設立した。加えて国際的な音楽フェスティバルの創設、1万5000人規模の新アリーナ建設などについても支援している。また中米のベリーズでは、観光産業の強化や国内の雇用増加に向けた施策として、新たなレコーディングスタジオを設立するとともに、世界中からアーティストを呼び込むための奨励プログラム策定をセットで支援した。 こうした施策を実現させるためにSound Diplomacyが行っているのが綿密なリサーチである。以下はその一例である。 ・レコード店、楽器店、音楽教室、教会、ラジオ局など音楽関連スポットのマッピング ・音楽にまつわる各種規制の調査 ・音楽産業にかかわるビジネス環境の調査(どれだけの雇用を生み出しているか、音楽関連企業が銀行から借り入れできるかなど) ・アーティストの発掘・育成・プロモーションの仕組みをその地域がどの程度保持しているかの調査 シャピロは「多くの都市では、音楽にまつわる政策を文化関連の部署が担当していますが、大抵は縦割りでその他の部署との関わりが薄いのが現状です。しかしながら、音楽は文化政策の範疇を超え、都市計画、ビジネス促進、ヘルスケアなどの領域にもインパクトが与えられるものです。音楽を政策のためのツールとして真剣に捉えてもらうためにも、音楽文化になじみがない人でも理解できるデータを揃え、わかりやすいことばに通訳できる存在が必要なのです」と語った。