「ホモ・ヒストリクスは年を数える」(4)~ストーリーにこだわる文化と年月日にこだわる文化~ 西洋文化編
古代ギリシャの時代から西洋人はストーリー好き
なぜこのような過去に対する態度が生まれたかというと、ヨーロッパ文化は、そもそもストーリーにこだわる文化であって、年月日にこだわる文化ではないからだ。現代のヨーロッパ文化は、古代ギリシャ・ローマ文化と古代ヘブライ文化のふたつのルーツからなりたっている。 まず西洋歴史叙述の始祖と仰がれる、二人の古代ギリシャ人歴史家、ヘロドトスとトゥキディデスから見てみよう。 歴史の父と称されるヘロドトス(前485頃~前420頃)の著書に、『歴史』がある。実際に読んでみるとよく分かるのだが、この著述には絶対年代が全く出てこない。 この書は、主としてペルシャ戦争(前499頃~前449)に焦点を当てた歴史叙述である。「ギリシャ人とバルバロイの果たした偉大な驚嘆すべき事績の数々――とりわけて両者がいかなる原因から戦いを交えるに至ったかの事情――も、やがて世の人に知られなくなるのを恐れて、自ら探求調査したところを書き述べたものである」(松平千秋訳、ヘロドトス『歴史』上(岩波文庫)9ページ)から始まる本書は、紀元前5世紀の地中海世界を自分自身の足で歩いて、各地に伝わる話を書き留めた記録である。 しかしながら、絶対年代や年月に関する言及はない。一例を示そう。「サルディス事件の報が王の許に届き、例の弓の話があってからダレイオスとヒスティアイオスの会談、そしてダレイオスの許可を得てヒスティアイオスが沿海地方に赴くに至るまでの期間に、他方では次のような事件が起こっていた」(松平千秋訳、ヘロドトス『歴史』中(岩波文庫)189ページ)。このように、ヘロドトスにとって歴史とは、お話(ストーリー)なのである。 トゥキディデス(前460頃~前395頃)は自身の同時代史であるペロポネソス戦争(前431~前404)を、『戦史』(原題はペロポネソス戦争の歴史)と題する長大な歴史書にまとめた。同時代史であるにもかかわらず、やはり、絶対年代の表記は出てこず、徹底してストーリーを追求している。 例えば、第3巻の冒頭は、次のように始まる。「翌夏、ペロポネーソスと同盟諸国の軍勢は、穀物が実る頃アッティカに侵攻した。…」(久保正彰訳、トゥーキュディデース『戦史』中(岩波文庫)23ページ)。これもまた、次から次へと続くお話(ストーリー)である。 歴史という語はヒストリアの訳語である。その意味合いからすると探求調査を指す言葉であるが、叙述形式からするとお話の意味合いが強く、過去の出来事を年月日とリンクさせるという強力な発想はなかったようである。