原発を水素供給源とする視点示せ 日本のエネルギー計画
脱炭素の目標を「空想」に終わらせないために
2040年度の電源構成見通しを「空想」に終わらせない妙案はあるのだろうか。唯一の方法は、原子力に関する発想の転換である。原子力を狭い意味での電源として捉えるだけではなく、二酸化炭素を排出せず産出される「カーボンフリー水素」の供給源としても位置づけ、GHG排出を実質ゼロにするカーボンニュートラル(CN)の達成につなげるのだ。 カーボンフリー水素は、CNを実現するうえで必要不可欠な基幹的な原燃料である。ガス火力を水素火力に転換し、水素と二酸化炭素で合成燃料(e-メタンやe-フュエル、グリーンLPガスなど)を製造し、鉄鋼業に水素還元製鉄(製銑工程でコークス(炭素)の代わりに水素を用いて鉄鉱石を還元する手法)を導入しない限り、CNは達成されない。「カーボンフリー水素なくしてCNなし」は、もはや「世界の常識」となっている。 カーボンフリー水素として通常想定されるのは、太陽光発電や風力発電で生産された電力(グリーン電力)による水の電気分解で得られる、いわゆる「グリーン水素」だ。ただ、グリーン水素には、太陽光発電や風力発電が天候に左右されるため、電気分解装置の稼働率が低く、コスト高になるという弱点がある。 一方、原子力発電は低コストで昼夜問わず安定的に発電できる「ベースロード電源」であり、電気分解装置の稼働率を安定的に高く維持できる。カーボンフリー水素を巡る高コスト要因の一つを、取り除くことができるのである。 グリーン水素のほか、CCS(二酸化炭素回収・貯留)を使って得る「ブルー水素」をつくるコストは、海外に優位性がある。グリーン電力のコストや、油・ガス田などを貯留場所とするCCSのコストは、海外の方が割安だからである。 とはいえ、カーボンフリー水素を海外から輸入するのでは、日本のエネルギー自給率は向上しないし、海上輸送費がコストを押し上げ、メリットは小さい。この問題を解決するには、国内の原発をカーボンフリー水素の供給源にして、国産化を進めれば良いのである。 これまでのように、原発が生み出す電力をそのまま供給すると、需要減退時に供給過剰が生じ、再生可能エネルギー電源の出力制御を行わなければいけなくなる。しかし、原発で得た電力を水素供給用に回せば、その分だけ電力の供給過剰は起きにくくなり、再エネ電源の出力制御もしなくて済む。カーボンフリーであるという共通の特徴を持つ再生可能エネルギーと原子力との共存が、実現するのである。 東日本大震災での東京電力福島第1原発事故以来、原子力に対する国民の評価はネガティブに傾きがちだ。第7次計画の電源構成見通しで原子力の比率を高めるには、国民からの支持が欠かせない。原子力を従来型の電源として捉えるだけでなく、カーボンフリー水素の供給源としても位置づける新しい視点が明確に示されれば、原発に対する国民的評価は高まるだろう。
【Profile】
橘川 武郎 国際大学学長。東京大学および一橋大学名誉教授。1951年、和歌山県生まれ。東京大学経済学部を卒業し、同大学大学院経済学研究科博士課程を単位取得退学。経済学博士。専門は日本経営史、エネルギー産業論。東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院教授、東京理科大学大学院教授などを経て、2023年より現職。元経営史学会会長。元総合資源エネルギー調査会委員。