数値化を諦めない!日清食品グループの「戦略的」健康経営 いかに経営に貢献しながら、従業員の健康を守るのか
「数値化できない」とあきらめてしまっては何も始まらないデータ解析の専門家を迎えて取り組みが進化
――貴社の特徴的な取り組みとして、「健康経営戦略マップ」を作成し、経営課題にひもづくKPIを設定していることが挙げられます。健康状態を数値化することが簡単ではない中で、KPIを設定した理由をお聞かせください。 健康経営は、経営戦略に資する健康増進施策を展開しなければならないと考えていました。 そこで、健康経営によって最終的に解決したい経営課題を「社員のウェルビーイングと高いパフォーマンスの同時達成」「企業ブランド向上(人材採用力の強化)」「実ビジネスでの利益貢献(売り上げ増・コスト減)」の三つに絞り、日頃の施策の成果をどのようにして測るべきかを考えていきました。 こうしたプロセスを経て、健康関連の最終的な目標指標(KPI)として「アブセンティーイズム(※1)損失額の低減」「プレゼンティーイズム(※2)損失額の低減」「医療費の低減」「社員満足度のスコア向上」などを設定しました。 そして、KPIを測定するための数値として「従業員等の意識変容・行動変容に関する指標」を、各施策の成果を測るために「健康投資施策の取り組み状況に関する指標」を設定しました。例えば、禁煙補助施策については、施策への参加人数増加を通して 、喫煙者比率の低下を目指しています。喫煙者比率は、2020年度は22%だったのが、22年には20%に低下しました。 (※1)心身の不調によって欠勤や休職などにつながり業務に就けない状態 (※2)健康に関する何らかの問題を抱えたまま勤務することで業務効率が落ちている状態 ――健康状態は目に見えない部分が多く、数値目標に落とし込むことが難しいため、健康経営担当者の中にはKPIを置くことをためらう人も多いのではないでしょうか。 たしかに、健康経営の取り組みでKPIを置くのは勇気がいることかもしれません。健康経営戦略マップでKPIを「Visible」「Invisible」に分けているように、健康状態は目に見えて数値で測れるものばかりではありません。しかしKPIを置いて取り組みの進捗を見える化しなければ、PDCAを回せないのも事実です。 とはいえ、担当し始めた頃は見える化を甘く見ていました。「健康診断の結果はすべて数値で出ているわけだから、簡単に追いかけられるだろう」とたかをくくっていたのです。しかし健康経営の本質を追いかけていくと、プレゼンティーイズムやモチベーション、生産性、企業カルチャー、エンゲージメントなど、数値化が難しいものばかり関わってくることを思い知りました。 ――数値化が難しいと思われるものについては、どのようにKPIに設定しているのでしょうか。 定量化が難しい目標についても、あきらめずに追いかけることが重要だと考えています。 たとえばKPIの一つに「自身の人生ビジョンを自覚できている社員比率の向上」があります。この目標はウェルビーイングについて深く知る中で必要性を見いだしたものです。ウェルビーイングに関する書籍を20冊くらい読みあさった結果、ウェルビーイングが高い状態を実現するには「仕事において裁量権を持ち自ら選べること」「自分の人生ビジョンや哲学を持っていること」の二つの要件が欠かせないと考えました。 そこで、従業員それぞれの人生ビジョンを明確化するための取り組みを開始しました。アンケート結果などの定性面だけでなく、社内のキャリア研修受講者やコーチング受講者などの定量面も追いかけているところです。目標を数値化して共有すれば、改善すべきところが見えてくるはず。仮説に基づくものであっても、とにかくPDCAを回しより良いKPIが見いだせれば差し替えていく前提で、まず動き出すことを大切にしています。「数値化できない」とあきらめてしまっては何も始まりませんから。 ――PDCAを回していくために、健康経営推進室の組織体制で工夫していることはありますか。 先ほど、健康経営推進室の人員数が3名から8名に増えたとお話ししました。増えた中の1名は、データ解析を専門とする人材です。 当初は社内のありとあらゆるバイタルデータなどを収集して相関分析をしようとしていたのですが、あまりうまくいきませんでした。仮にデータ解析がうまくいったとしても、データと健康の相関関係が見えるだけで、因果関係を特定できるわけではありません。そこで重回帰分析などができるプロフェッショナル人材に加わってもらったのです。 その結果、データと健康の因果関係を測れるようになりました。たとえば人員配置でいうと、プレゼンティーイズム損失額を低減させるために増員が必要な部署があれば、増員しなくても効果を出せる部署もあることが分かってきています。今後もさまざまな側面からデータ解析を進め、効果的な打ち手につなげていきたいと考えています。