阿川佐和子×伊藤比呂美「私、結婚大好きなんですよ。もう、どんどんしたいわ」「亭主って人の話、聞いてないですよ」
阿川 愛された娘じゃないですか。お父さまが亡くなられたときはショックでした? 伊藤 連れ合いが死んでも犬が死んでも泣かない私が、泣きました。結局私は、死んじまえと思っていた男や家族のためにアメリカにいて、父のことは捨てたんだって、そりゃあ悔やんで。でもね、介護って後悔したほうがいいんですよ。 阿川 ええっ? 私もずいぶんいろんな人に助けられて両親を見送りましたけどね。親を施設に預けると、今でも〈介護を放棄した〉って言われそうな空気があったりする。だけど、自分が楽になる方法をとっていいんだと思います。 伊藤 でしょう? だって、父って人が一番望んでいたのは「比呂美の幸せ」のはずだから、私が後悔してても許してくれると思うの。 阿川 うちの父は3年半入院して、最後まで病室でワインだ、すき焼きだって食べたいものを所望していました。亡くなる前日、私が仕事の合間に天ぷら揚げて持っていったら、長いこと咀嚼した挙句、「まずい」。これが娘に対する父親の最期のことばですよ! 伊藤 あはは。よかったじゃない。夫が死ぬ間際ね、尿瓶におしっこするとき「見つからない」とか言うの。ペニスが。 阿川 見つからない? ミニソーセージぐらいなの? 伊藤 ソーセージもへったくれもない、まるくてちっちゃな袋みたいになる。かつてはこんなじゃなかったのを知ってるから……。 阿川 そりゃそうだ。
伊藤 そのときね、ああ、私はこの男の子ども時代は知らないけど、最後はちゃんと男の一生を掴んだ、見届けたなと思ったの。 阿川 はぁー(爆笑)。それはやったことがないですけど。 伊藤 夫でやってください。年の差はおいくつなの。 阿川 私のほうが5歳下。 伊藤 じゃ大丈夫。いける。(笑) 阿川 母は明るい認知症で、父が入院したら解放されて、少女のようになっていったのね。私のことは「お姉さん」になって、そのうちに「お母さん」って言うようになった。で、あるときついに「おばあさん」。 伊藤 アッハハ、昇格した。 阿川 「ええっ、おばあちゃんなの」って聞いたら、母がニーッと笑って「だって、シワだらけだもん」。 伊藤 ちゃんと見えてる。 阿川 お互い真っ裸で一生懸命お風呂で母のこと洗っていると、「アンタ、お腹出てるわねえ」。若いときは自分に介護なんて無理、とか思ったけど、実際やってみると毎日が事件じゃないですか。それに対応してると、何でもできるものよね。 (構成=田中有、撮影=岸隆子)
阿川佐和子,伊藤比呂美