『ライオンの隠れ家』“日常と非日常”描写の秀逸さ バラバラなピースはどう繋がる?
降りしきる雨の中、どこからか逃げてきた愛生(尾野真千子)とライオン(佐藤大空)が森を駆け抜け、山の谷間に揺れる吊り橋の上、ただならぬ情態で佇んでいる。一瞬、ライオンの首に手をかけようとするが、ためらう愛生ーー。 【写真】第1話から数分の登場で視聴者の心を引き寄せた尾野真千子 『ライオンの隠れ家』(TBS系)の第1話はこんなシーンから始まった。かと思えば次のシーンでは、洸人(柳楽優弥)と美路人(坂東龍汰)、兄弟のつつましくも穏やかな2人暮らしの日常が描き出される。兄はお人好しの市役所職員、弟は自閉症スペクトラムであるというバックグラウンドが観る者の心に自然と入ってくる。事前情報なしで観はじめれば、「これはどういうジャンルのドラマなのだ?」と一瞬面食らう。そして、ぐんぐんと引き込まれていく。 「映画は冒頭5分、ドラマは冒頭10分で観客の心を掴め」という言葉をしばしば耳にする。洸人のモノローグが「凪のような毎日」だと語る、兄弟の「ルーティーン」を過不足なく描いたあと、洸人と美路人が自宅の縁の下に幼いライオンを見つけるまでが12分だった。洸人と美路人が出かける際、謎の黒い車が2人を尾行するような動きをしていたことも相まって、これは、真逆であるようで地続きの「日常と非日常」を描いていくドラマなのだ、とわかる。 突如現れて、「ここで暮らす」と言い張る“小さな侵入者”、ライオン。イレギュラーなことを嫌う美路人にとっては天敵のはずなのだが、大人ではない、無垢で幼いライオンの存在が、美路人の心を少しずつノックしていく。そしてライオンの登場は、「これでいいのだ」と自分に言い聞かせるように「変わらない日常」の閉塞感に浸かっていた洸人にも変化をもたらす。 一見天真爛漫な子どもでありながら、「ライオン」というコードネームをつけられ、何かミッションを課せられている少年。身体には謎の痣があり、虐待されていた疑いがある。彼もまた、洸人と美路人と関わることで、被せられた“仮面”が少しずつ剥がされていきそうだ。お互いがお互いにとって「風穴を開ける存在」となっていきそうな3人の関係性から目が離せない。 公式のイントロダクションによれば、本作の表向き一層目は「ヒューマンサスペンス」ということになっている。しかし、美路人が自閉症スペクトラムであること、洸人と美路人の異母きょうだいである姉・愛生の寄る辺なき半生、そしておそらく彼女の息子であるライオンが、何らかの理由から小森家に預けられたことに大きな意味があるのだろう。 洸人の勤め先が市役所であること、週に3回夕飯を用意してくれる隣人の寅吉(でんでん)や、何かとサポートしてくれる洸人の同僚で「子ども支援課」に勤める美央(齋藤飛鳥)の存在、たびたび語られる「安全」というキーワード。これらのことから、本作は、居場所のない人たちに対して周囲の人間がいかにして手を差し伸べることができるのか、というテーマも描いていきそうな予感がする。寅吉が「互助・共助」を、洸人が勤める市役所と美央の仕事が「公助」を象徴しているように思える。 本作が視聴者の心を掴んで離さない理由は、作劇の妙もさることながら、メインキャスト3人の演技によるところが非常に大きい。洸人を演じる柳楽優弥は、これまではどちらかといえばエキセントリックで、他者をトラブルに巻き込んでいくようなキャラクターを演じることが多かったが、本作では巻き込まれる側の、「変化のない毎日に留まる平凡な市役所職員」という新境地の役どころに挑む。抑制の利いた演技でありながら、内側には屈折を抱えた洸人を、立体的に立ち上げている。 美路人を演じる坂東龍汰は、自閉症スペクトラムという役どころについて相当に掘り下げたのであろうと、演技から伝わる。坂東は撮影前に、発達障害のある子どもが集まる教室に出向いて交流を持ち、役柄について深く学んだのだという。美路人の存在と坂東の真に迫る芝居が、このドラマを牽引していることは間違いない。 そして、ライオンを演じる佐藤大空。子役ではなく、5歳にしてすでに「一俳優」の貫禄を見せている。第2話のラストシーンで見せた、洸人から「愁人」と呼ばれたときの表情が目に焼きついて離れない。人懐っこい笑顔ではしゃぐ幼い子どもから、「何かを背負わされた者」の虚しさと悲哀を宿した表情に一変する芝居に、思わず息をのんだ。 第2話までに、「謎」にまつわるさまざまなピースが出揃った。ネクタイの上に作業着姿、おそらく建設業に従事している愛生の夫・祥吾(向井理)。彼が出した愛生の捜索願。山梨県笛乃川で発見された、愛生の血痕がついた衣服。愛生の失踪の原因に心当たりがありそうな刑事・高田(柿澤勇人)。リニア事業関連で汚職の疑いのある議員・亀ヶ谷(岩谷健司)と、彼の動向を追う記者の楓(桜井ユキ)と天音(尾崎匠海)。そして、ライオンと洸人の行動を監視し、ライオンのキッズスマホに指令を送り続ける謎の男・X(岡山天音)ーー。第3話以降、このバラバラのピースがつながっていくことだろう。 このドラマにはさまざまな間接表現や暗喩が効果的に用いられている。プライド(群れ)で生活するライオン、海以外の違う景色が見たいウミネコ、洸人と美路人の「小森(≒子守り)」という名字、身勝手に生きてきたようで実は別のところに本音がありそうな、「愛に生きる」と書く愛生。これらのピースが今後、3人の関係性と事件の謎にどう関わっていくのかも見どころだ。 ライオンの子どもの雄は2~3歳になると親ライオンによってプライド(群れ)から追い出され、兄弟だけでプライドを作って生きるという。洸人、美路人、ライオンはどこに「居場所」を見つけていくのだろうか。
佐野華英