否定するのは作らない側の人──料理研究家リュウジがうま味調味料にこだわる理由
その名も「『ナイトクラブ』っていうんです」と日向さんは笑った。リュウジさんはそこで、キャベツの千切りを湯通ししてシラスをのせ、ごま油、塩コショウとうま味調味料を振るという簡単な料理を出した。出席者に好評だった。回を追うごとに「ナイトクラブ」で作るリュウジさんのおつまみの美味しさが口コミで広がっていき、最初は4、5人だった出席者も、最終的には50人ほどにまで増えたという。 「施設には出身もそれまでの仕事も全く違う人たちが入所されています。生活習慣の違いとか入所者同士のコミュニケーション不足からトラブルが起きて、クレームが上がってきていました。『ナイトクラブ』でそれが解消されて、クレームも激減しました」(日向さん) リュウジさんにとってこの体験は、「あれがなければ料理研究家としての自分はいないかもしれない」というほど大きな自信につながった。だが日向さんにとっては誤算だった。 「私としては彼に料理で成功体験を一回積んでもらって、次は本業のホームの仕事にやる気を出してもらおうという考えだったんです。入所者の方に褒めてもらったし。それが料理のほうにいってしまって、なんでだよっていう(笑)。 私のアテは外れたんですが、いまYouTuberとして売れているのをみると、それで良かったんだろうなあ」 苦笑しつつそう話す日向さんだが、リュウジさんのコラボ商品などは絶対買うなど、いまだにリュウジさんのことが気がかりだそうだ。
手間をかけるために、美味しい物を作るわけじゃない
それからTwitterに投稿したレシピがバズり、YouTuberとして人気者になっていく。だが本人はこう笑う。 「僕はたぶん、世の中でいちばんたたかれている料理研究家ですよ」
なぜたたかれるのか。レシピでうま味調味料を積極的に使用するからである。 「うま味調味料を使って料理研究家を名乗るなって意見がめちゃくちゃ多いですね」 実は私も最初、リュウジさんのレシピで「うま味調味料をひと振り」などと書いてあるのを見て驚いた。そういうものはあまり公にしないと思い込んでいたからだ。しかも使い方が「ひと振り」とか「3振り」とか、ちょっと挑戦的だ。リュウジさんによると、うま味調味料を使う理由は二つある。 「まずうま味が強く出ることです。天然の素材から取った出汁(だし)だけであれだけのうま味を出すには、相当凝縮しないと無理なので、事実上再現できないと思います。二つ目の理由はうま味調味料には香りがないこと。たとえばカツオとかコンブの香りを控えめにしてうま味だけ足したいときに、うま味調味料がいいんです」 彼なりに合理的な理由があるのだが、それでもたたかれる。 「それは出汁を取ることが美徳とされてきたからですね。手間をかけることがものすごく、大事なことになっちゃってる」