「近づきたいけれど怖い」縮まらない距離、マレーグマ繁殖へ試行錯誤
徳山動物園(山口県周南市)のマレーグマ「マーヤ」(メス、19歳)と「ウメキチ」(オス、15歳)の距離が、なかなか縮まらない。前夫「ツヨシ」と死別したマーヤの再婚相手としてウメキチが来園して1年。繁殖に向けた試行錯誤が続く。(三沢敦) 【写真】年老いたツヨシ(右)に寄り添うマーヤ。「夫婦円満」だった=周南市徳山、徳山動物園提供 低いうなり声を上げたマーヤに、追い回されるウメキチ。たたかれたり、脚にかみつかれたり――。 ウメキチが昨年10月25日に札幌市の円山動物園からマーヤの繁殖相手としてやってきて数カ月が過ぎると、飼育員らの前で何度も繰り返される光景になった。 ■なぜ距離が縮まらない?マーヤの事情 ウメキチの来園当初は違った。ウメキチとマーヤは、隣り合う別々のパドック(放飼場)で飼育されながら、柵越しの「お見合い」を始めた。園はマーヤとの相性を見極めようとした。 「お見合い」では、マーヤにウメキチへの好奇心が見て取れた。今年1月下旬から、園は次のステップとして、時間を区切って同居させる「短時間同居」に切り替えた。 短い時は30分、長い時には2時間弱。2頭の様子を見ながら、同居と別居を繰り返した。その回数が60回に達しようかという5月末ごろ、担当の平岡大宙(まさおき)さんは気づいた。 「同居時間が長くなると低い声でうなったり、小競り合いになったり、不穏な空気になる」 「不穏な空気」をつくるのは、マーヤの方。逃げるウメキチを追い回し、脚に傷を負わせたこともあったという。 猛獣同士の争いがエスカレートすれば、2頭が命を落とすこともある。「無理に一緒にするのはやめよう」。平岡さんらは「短時間同居」を中止することにした。 マーヤにも事情があるようだ。 悩むように頭を抱えるポーズで全国的な人気を呼んだ「ツヨシ」の後妻として、2歳のマーヤが来園したのは2007年。当時20歳だったツヨシとの「年の差婚」ながら、相性はぴったりだった。20年にツヨシが32歳で死ぬまで、仲むつまじく添い遂げた。 「おしどり夫婦」を見てきた平岡さんはウメキチとの再婚も、「うまくいくと楽観していた」と振り返る。しかし、予想に反して、マーヤとウメキチの仲はうまくいかない。なぜなのか。 ひとつは、マーヤの性格にあるようだ。 好意を示して近づいてくるウメキチに、臆病で神経質な性格のマーヤが恐怖心を抱き、「先制攻撃」に出るらしい。 マーヤの年齢も理由だという。 ツヨシに嫁いだ2歳の頃は、好奇心いっぱいだった。やさしい性格のツヨシは受け入れてくれたものの、はたして、ウメキチは受けとめてくれるのか。平岡さんは言う。 「近づきたいけれど怖い。あと一歩が踏み出せないんです」 ■模索続くも、状況は「待ったなし」 国内では飼育数が20頭を切り、マレーグマの繁殖が急務となっている。 ただ、マレーグマは年齢を重ねるほど、子を産む可能性は低くなるとされる。原産国の東南アジアでは、「10歳を超えると繁殖は難しい」とみる飼育関係者もいるという。 マレーグマを単独で飼育する徳山動物園と円山動物園によるマーヤとウメキチの繁殖の試みも時間との勝負だ。そこで、園は柵越しでのお見合いを続けつつ、マーヤの発情期に絞った同居を模索している。 野生下のマレーグマは普段は単独で行動し、繁殖期に入るとペアをつくって交尾をする。常に一緒に生活させるのではなく、本来の習性に従おうというわけだ。 ただ、試行は始まったばかり。年に3~4回あるとみられる発情のタイミングを正確に見極めるのは難しく、行動の変化などから読み取っていくしかないという。 平岡さんは、マーヤとウメキチの「今後」を期待してやまない。「焦りは禁物ですが、正直なところ、待ったなしの状況です」
朝日新聞社