「彼氏が欲しくて死にそう」な20代後半から「家庭内男女平等」を獲得するまで。作家・山内マリコが考えるパートナーシップの形
■友達とのコミュニケーションの中で、心の開き方を知った ──山内さんはパートナーとのケンカを「フェミニズム教育&バトル(春闘)」と称して話し合いをされていますが、本の中では言葉が届かないことや、相手が耳と心を閉じてしまう場面もありました。もちろん自分のためでもあるとは思いますが、モヤモヤすることにひとつずつ、粘り強く向き合い続けられる原動力はどこにあるのでしょう? 山内さん: それはたぶん、親友との関係から学んだことが大きいです。本にも登場する親友の「あもちゃん」や「きのこ」との関係性がベースにあるというか。本当に親しくしている相手とのベストな状態を知っているから、そうありたいという欲求が強いんだと思います。 彼女たちとのつき合いを通じて、私は心の開き方を知ったし、腹を割って話すことで会話がどんどんドライブしていく楽しさや、関係性が深まっていくことの素晴らしさに目覚めました。そうやっていつの間にか身についたコミュニケーション・スキルを、応用していたんですね。 正面から本音をぶつけて、ケンカして、仲直りしてを繰り返すうちに、夫と親友になれたというか、夫が親友ポジションに座っていた、という感じです。 ──そういうときの言葉の届け方など、パートナーとのやり取りで磨かれたスキルはありますか? 山内さん: ケンカのときは基本的に、夫の心は完全に閉じています。没交渉というか、何を言ってもレスポンスがない状態。なんとか隙間にバールをねじ込んで、大量の言葉を流し込んで、開けてもらうところまでが第一関門ですね。そこからは現場検証のように、火種になった出来事を振り返っていくターンになります。 人づき合いの基本ですが、こちらが正直な気持ちをストレートに打ち明けて、自己開示して初めて、相手も同じように本音を返してくれる。話し合いができれば、相手には相手の言い分があり、どちらが正しい・悪いではないことがわかってきます。 ──白黒つけるのではなく、納得できそうな落としどころを見つける。 山内さん: ジブリ映画のラストシーンのように「あはは~」とわだかまりなく笑えるところがゴールです。ケンカは、対等な関係であるかを測るバロメーター。どちらかが遠慮している関係だと、モヤモヤした気持ちをのみ込んだり、見て見ぬふりをしたり、言い合いになる前に誤魔化したりしますから。 ケンカは全然悪いことではなく、お互いをよく知るきっかけだと思います。解決するまではめちゃくちゃストレスで、地獄みたいな空気ですが…。 ──フェミニズムの本を通じて得た知識は、どんなふうにパートナーと共有されてきたのでしょうか。 山内さん: 「最近こんな面白い本を読んだ~」という感じで、無邪気に内容を喋っていました。ジェンダーをめぐるディスカッションは面白いので、ケンカついでに議論をふっかけることも。そうするうちに、いつの間にか彼の中にフェミニズム素養が蓄積されていったようです。 本人に聞いたところ、もともとホモソーシャル的な男性集団に属してこなかったことも大きいと言っていました。趣味的にも初期の『クウネル』(マガジンハウスのライフスタイル誌)を愛読していたりと、男性性から逸脱している人でもあったんですよね。男だけど “男らしさ”と相性が悪い。そういう人だったから、私の言っていることがすんなり通じたんだな~と思います。 ■人生のターニングポイントとなった彼の言葉 ──あぁ、それはわかる気がします。それにしても、今まで結婚に憧れたことがなかったという山内さんが、同棲を経て結婚に至るまでには何かターニングポイントとなるような出来事があったのでしょうか。 山内さん: 当時、私は小説新人賞を受賞したものの、担当編集さんとうまくいかず、作品がなかなか本にならない、“作家の卵”状態が何年も続いていました。同棲の1年後に作家デビューできて、さらに2年ほどたってようやく経済的にも自立できました。それで、「今なら大丈夫かな」という感じで結婚しました。 というのも、じつは29歳のとき、パートナーに「結婚しないの?」とせっついたことがありました。20代のうちに結婚したいという焦りがあって。そこで彼が名言を放ったんです。「きみの経済状況がよくならない限り、それは無理だろう」と。 ──確かに名言ですね。 山内さん: その言葉で、「まずは小説を頑張ろう」と思えました。文筆を仕事にして、経済的に自立するのが先決だぞ、と。もしあのときスルッと結婚できていたら、小説家になる夢はなし崩し的に諦めていたと思います。 さっきもお話ししたように、夫は「妻子を養ってこそ一人前」みたいな考えが毛頭なく、最初から「自分でどうにかして」というスタンス(笑)。結婚に逃げる道を絶ってくれたおかげで、私もモードを切り替えられました。 ──相手に経済的に依存せず、自分一人でも立っていられる状況をつくることは、精神的にもとても大切な要素のひとつですよね。そして、男性役割の押し付けから開放されていたパートナーだからこその言葉だと思います。 山内さん: ただ、現実問題として賃金の男女差は凄まじく、男性に経済的な依存をせず、結婚生活を送るのは至難の業。能力ではなく性差で賃金が決まっている世の中なので、女性がそのことで自分を卑下する必要はないです。私の場合は夫の言葉が発奮材料になり、結果的にプラスだったというだけで! ──山内さんが忙しくなり、家事負担の割合が変化したことで二人の関係性まで逆転したというエピソードでは、「男女の問題も突き詰めれば、立場の問題なのだなぁ」という言葉がとても印象的でした。 山内さん: 私がおじさん化して、お父さんのポジションに座って、夫に忌み嫌われるようになりました(笑)。目の前にある洗濯物をたたまなかったり、たたんだとしても自分の分だけやって夫のパンツにはノータッチだったりすると、夫に「噓でしょ?」と驚かれるなど。 夫もフェミニズムを理解している分、このねじれ現象を共有できるし、面白がれているのはありがたいです。彼自身も、フェミニズムを通して、自分自身の解像度が上がったんじゃないかなと思います。 作家 山内マリコ 1980年富山県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。2008年「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、 2012年『ここは退屈迎えに来て』 でデビュー。 著書に、『あのこは貴族』(集英社)、『選んだ孤独はよい孤独』(河出書房新社)などがあげられる。そのほか、新刊小説『マリリン・トールド・ミー』が、河出書房新書から5月下旬発売予定。 撮影/Marisa Suda 取材・文/国分美由紀 企画・構成/種谷美波(yoi)