「法を超えた救済を」ジャニーズ性加害問題で提言した理由 林眞琴氏が語る危機管理の鉄則
●「改革は、制度を変えてからが大事」
「ガキだよねあなたって」「社会性がやっぱりちょっと欠けてるんだよね」――。 黙秘を続ける被疑者に対し、検察官が侮辱的な言葉を投げかける取調べを映した動画が今年1月話題となった。侮辱されるなど違法な取調べがあったとして国に1,100万円を求める裁判を起こしている元弁護士・江口大和氏の弁護団が公開したものだ。 日頃は関心のない人たちからも「録音録画をしても、こんな実態があるのか」。驚きの声があがった。 誰しも思う。 「検察改革は成功したのか?」 林氏の答えは明快だ。 「改革は、制度を変えてからが大事。一度制度を作れば、それで改革が成功するなんてことはない。制度改革の後にも必ず問題は起きます」 「ではどうしたらいいのか?」といえば、これまた端的な返答があった。 「また戻せばいいんです。社会も人間も右肩上がりによくなっていくんだという歴史観を私は信じていない。ここ2000年くらいの歴史の中でも、人間は行ったり来たり、進んだり戻ったりではないかと思います。再び問題が起きたら、そのときは必死になって戻すしかない」 退官後、大手企業法務弁護士事務所に入所した。今後は「コンプライアンスを含む、もっと広い意味でのコーポレートガバナンスに貢献していきたい」と意気込む。 「検事としての人生の中で刑事法の三つの大改正に携わることができたのは、在任中にたまたま組織による大不祥事が相次いで発生したお陰です。不祥事を起こしてしまった組織は、不祥事が起きたことはラッキーだと思ったほうがいいですよ。不祥事が起きたからこそ徹底的に改革ができるわけですから」 様々な失敗から改革を導いてきた林氏。失敗をした組織が生まれ変わるために何が必要なのだろうか。 「『失敗の本質』(中公文庫)にありますが、不祥事を起こしやすいのは、日本の昔の軍隊と同様の組織です。成功体験にしがみつき、創造的破壊ができない。異質を排除して、多様性を拒むような組織です」 「本当は、不祥事が起きてからの危機管理よりもリスク管理の方が大事。不祥事が起きる前にリスク管理や創造的破壊をして、リスクが顕現化する前に防ぐことが重要です。しかし、大きな組織、それも伝統があって実績のある組織は、不祥事のない平時の段階で変えていくことは難しい。変えることに反発するのは、それまでの成功体験があり、それにしがみつこうとするからでしょう」 林氏自身、39年間の検事生活では、数々の難局を乗り越えてきた。ストレスとどう付き合ってきたのだろうか。 「テロ等準備罪(共謀罪)の審議中は、土日が一番嫌でしたよ。月曜日にまた国会があるなと思って。月曜日が始まれば、もう勝負ですから気になりませんが、暇になるのが一番よくない。そこでその頃は土日にあえてゴルフなど予定を入れるようにしていましたね。ストレスは克服するのではなく、逃げる。これが対処法でした」 先の『検察の理念』では「独善に陥ることなく、真に国民の利益にかなうものとなっているかを常に内省しつつ行動する、謙虚な姿勢を保つべきである」ともある。 退官後、大学院の通信講座で仏教を学び始めた。毎朝1時間ほど、ヨガで瞑想するのが日課だ。 【林眞琴氏プロフィール】 愛知県豊橋市出身。東京大学法学部卒業。1983年に検事任官。2003年より法務省矯正局総務課長。2006年に法務省刑事局総務課長。2010年の大阪地検特捜部の改ざん事件を受け、2011年最高検察庁検事、最高検察庁総務部長、2014年法務省刑事局長などを歴任。2018年に名古屋高検検事長、2020年東京高検検事長を務め、同年に第31代検事総長に就任した。2022年退官。同年8月、弁護士登録。第一東京弁護士会所属。