『海に眠るダイヤモンド』美術装飾が甦らせる昭和の情景 担当者に聞く
炭鉱労働者とその家族が暮らした「日給社宅」は、端島独特の環境を象徴する存在だ。ドラマのセットでは、部屋ごとに住人の特徴や家族構成を細かく描き分けることで、生活感を生み出している。 ひとり暮らしの部屋では、布団が敷きっぱなし。家具も最小限に抑えられたシンプルな空間が描かれている。一方、大家族が住む部屋には、散らかった食器や玩具、洗濯物などが配置され、にぎやかな家庭の雰囲気が表現されている。「洗濯物の干し方や貼り紙の内容にも、その家族の特徴や時代背景、季節を反映させました」と前田氏は話す。 「本来なら役者さんが手に取る可能性のある小道具、たとえば引き出しの中に至るまで、もっと細かくこだわりたかったのですが、時間の制約もあり、十分にできなかった部分もあります」と反省を口にする前田氏。それでも、「可能な範囲でリアリティを追求し、一瞬のシーンでも、そこに住む人々の生活を感じてもらえるよう心がけた」と語る。限られた条件の中で、あらゆる要素が計算されていることがうかがえる。 さらに、ポスターや貼り紙も重要な役割を果たしている。防火を呼びかける標語や地域の催し物を告知するポスターは、当時の生活文化を感じさせる小道具として機能。これらの掲示物は、端島の生活感を視覚的に補強する重要な要素だ。 「時代感を出すために、紙1枚でも質感にこだわる必要がありました。ただ、当時何が使われていたか明確ではなかったため、先輩方に相談し、最終的に和紙やわら半紙を選びました」と前田氏は振り返る。さらに印刷も粗く仕上げる工夫が施された。ポスターや貼り紙についても、「すべて手描き風の仕上げにしましたが、当時のポスターが現存していないため、デザインチームにイメージをお伝えしてデザインを起こしてもらいました」と説明する。たとえば「火の用心」といった貼り紙も、手描き感を意識した制作が行われたという。 端島での生活を語るうえで欠かせないのが、炭鉱労働だ。本作では、キャップランプやコールピックハンマー、救護隊のガスマスクといった道具が用いられたが、これらは現存する資料がほとんどない中で、博物館の展示物や古い写真をもとに、ゼロから制作された。「正解がない中で、監督や美術スタッフ、美術装飾チームが一丸となり、現存するわずかな資料から当時の端島の生活を立ち上げていきました」と前田氏は振り返る。 セット全体の再現度を高めるうえで、本作を担当した美術デザイナー、岩井憲氏の存在は欠かせなかったと前田氏は語る。岩井氏は前作『アンチヒーロー』や映画作品も手掛けており、綿密な取材を重ねることで知られる。その経験と情熱が、昭和30年代の端島のリアリティを映像で甦らせる原動力となった。 炭鉱作業を象徴するキャップランプの制作では、岩井氏が中心となり、3Dプリンターを駆使して300個以上を手作りした。これらは資料館に展示されるレベルのクオリティを目指したといい、炭鉱作業員の生活感や作業環境の緊張感をリアルに伝えている。また、バッテリー室の装飾や、食堂のパン焼き器においても岩井氏がデザインを主導。リアルさを追求する細部へのこだわりが光る。