「自分で飲む酒を自分で造って何が悪い!」…酒好きの人が激怒する「あまりに納得できない税金」
クローン人間はNG? 私の命、売れますか? あなたは飼い犬より自由? 価値観が移り変わる激動の時代だからこそ、いま、私たちの「当たり前」を根本から問い直すことが求められています。 【写真】「自分で飲む酒を自分で造って何が悪い!」酒好きの人が激怒する「税金」 法哲学者・住吉雅美さんが、常識を揺さぶる「答えのない問い」について、ユーモアを交えながら考えます。 ※本記事は住吉雅美『あぶない法哲学』(講談社現代新書)から抜粋・編集したものです。
あまりに理不尽な酒税法
川崎さんが有罪とされた時に理由の1つとされた酒税法というのも、「いまどきこんな法律いるか?」と首をかしげたくなる法律である。とくに酒好きの私としては、さっさとなくしてほしい、と日頃思っている法律である。 この法律は、たとえ自分が飲むためだけであっても、アルコール分1%以上の酒を無免許で造ることを禁じている。そもそも何でこんな法律が作られたのかというと、明治時代、富国強兵・殖産興業のための財源として酒税が重視されたことに端を発する。 酒飲みから税金を取るために、自分で造って楽しむことを禁じ、免許者が造る酒を買わせようというわけであった。 時代は昭和。「酒税法はおかしい!」と考えた人はやはりいた。 Xは無免許で清酒などを自家製造していた容疑で起訴され、第一審で有罪判決を受け、控訴審でも棄却された。そこでXは、自分で楽しむだけの酒を造ることまで規制する酒税法は、憲法第一三条で保障される自己決定権・幸福追求権を侵害する違憲の法律であるとして上告したのである。 それに対して最高裁は1989年、「(酒税法によって)自己消費目的の酒類製造の自由が制約されるとしても、そのような規制が立法府の裁量権を逸脱し、著しく不合理である事が明白であるとは言えず、憲法31条、13条に違反するものではない」という判断をして棄却した。 自己消費目的の酒を造ることが自己決定権・幸福追求権に含まれるのかどうかについての判断を回避して立法府に忖度した(?)、まことに歯切れの悪い判決であると思う。