「最悪の状況をイメージ」…井上尚弥に肉薄!3階級目バンタム王座に挑む中谷潤人「モンスターとの差」
’24年1月2日に26歳となった、前WBOスーパーフライ級チャンピオンの中谷潤人。自身2本目となった世界タイトルを返上し、来たる2月24日に3階級制覇を懸けてWBCバンタム級王者、アレクサンドロ・サンチアゴ(27)に挑む。 【画像】す、スキがない!…LAのリングに上がった中谷潤人の身のこなし 1月4日から1ヵ月間、彼の原点である米国LAでキャンプを張っている。月、水、金、土に様々なタイプと拳を交えるメニューは、これまで通りだ。昨年9月18日の防衛戦前は、7月20日から9月2日まで当地に滞在し、236ラウンドのスパーリングをこなした。 「今回は時差ボケ、コンディション対策として、3週間近く前に日本に戻ることにしました。ルディにそうアドバイスされたので。いつもよりキャンプは短めですが、密度の濃いスパーリングをこなしています」 中谷が15歳の頃から師事するルディ・ヘルナンデス(61)は、実弟の故ジェナロを世界チャンピオンに育て、竹原慎二、畑山隆則、伊藤雅雪、仲里周磨ら日本人トップ選手を指導している。 1月13日、中谷はLAのダウンタウンから南に37kmの地、ロングビーチに建つ「ジャックラビット・ボクシングアカデミー」で、4ラウンドのスパーリングをこなした。中谷は初回からスピードに乗り、細かい連打を見せた。パートナーから離れると、長いリーチを生かしたジャブ、そして上下にワンツーを打ち分ける。2回は、前後のステップを多用し、ボディーに鋭いストレートを打ち込む。 次のラウンドは重心を低くし、頭の位置を間断なく変えた。背の低い、サンチアゴとの対戦をイメージしていることが見て取れる。第4ラウンドは時折ガードを下げて相手を誘い、ジャブ、右フック、2つのジャブからストレート、胸へのストレートを放った。 「速い」 筆者が中谷の米国キャンプを取材するのは今回が3度目になるが、これまでにないスピードを感じる。 26戦全勝19KOの中谷に対し、メキシコ・ティファナ出身のサンチアゴは、28勝(14KO)3敗5分。井上尚弥の返上によって空位となったWBCバンタム級王座を、井上と2戦したノニト・ドネアと昨年7月に争い、3-0の判定勝ちで獲得した。身長159cmと短躯で、馬力のあるファイターだ。下がらず、手数で敵を圧倒するスタイルである。中谷はサンチアゴにとって、初防衛戦の相手となる。 中谷は語った。 「サンチアゴは出入りするタイプで、自分の距離になったらうるさく手が出てきます。パンチを当て辛いだろうなと予測します。難しい相手に対し、最悪の状況をイメージしたうえで準備するのが僕のチームの考え方です。彼の距離で、ごちゃごちゃに巻き込まれてしまうシチュエーションをイメージしながら、練習しています」 メキシカンらしく、サンチアゴは打ち合いを好む。ひたすら前進するハートは見応え十分だ。3つの黒星のうちの2つは6回戦時代、つまり成長過程におけるものであり、’21年11月に喫した3度目の敗北も、彼の勝ちでもおかしくないような内容であった。 「自分がリングをコントロールしたうえで接近戦になるのなら問題ありませんが、こちらが崩れて相手の土俵になってしまうのは、絶対に避けたいですね。しっかりプレッシャーをかけて削っていきます。フライ級、スーパーフライ級と、僕は決定戦でベルトを得ましたが、今回は挑戦者としてリングに上がれます。『挑む』という形ならではの危機感が持てるので、気分がいいですね」 スパーリング終了後、中谷にこの日にこなした4ラウンドを振り返ってもらった。 「ルディから言われたように、手を出しながらタイミングを取ることを課題としました。近い距離でやったり、遠い距離でやったりを試したんです。前後の動きのスピードは意識しましたね。 今日のスパーリングパートナーは止まっている時間が長く、後ろ重心でやるタイプでした。一緒になって見合っていても始まらないので、プレッシャーをかけて少しずつ崩していこうと考えました。手数を多くしようと、軽いパンチで彼のグローブを叩くこともやってみたんです。 3回は腰を落として重心を低くし、アッパーを放つことがテーマでした。なかなか攻撃してこない選手なので、打たせるために敢えてガードを下げました。でも、パンチを貰う距離では、もちろんガードを高くしましたよ。サンチアゴの連打を食らったら堪りませんから(笑)。攻守を切り替えながら、コントロールしようと。 4ラウンドは『自分がやりたいことをやれ』と言われたので、相手の状態を見ながら、詰める時に細かく刻もうと。全体を通しては『とにかく手を出す』がテーマでした。今回のキャンプが始まった先週よりもキレがあって、スピードが出ている実感がありますね。あとはタイミングを頭に入れています」 昨年、2試合をこなした中谷だが、5月20日にラスベガスで催されたWBOスーパーフライ級王座決定戦では、試合終了のゴングまで21秒というところでカウンターの左フックをヒットさせ、相手をキャンバスに沈めた。圧巻のノックアウトだった。 ジョージ・フォアマン、マイク・タイソン、オスカー・デラホーヤ、フロイド・メイウェザー・ジュニア、マニー・パッキャオといったボクシング界のレジェンドたちが熱戦を繰り広げてきたMGMグランド・ガーデン・アリーナで派手な勝利を飾ったこともあり、直後から、本場のジャーナリズムでも話題となった。 そして、この勝利は、スポーツ総合チャンネルのESPNやCBS Sportsが選ぶ’23年の「ノックアウト・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。井上尚弥が同最優秀ボクサーとして称えられるなか、5歳下の中谷も、本場で名前を覚えられる存在となったのだ。 「目標としていた舞台で世界タイトルマッチができ、本場で評価していただけたことについては、素直に幸せを感じます。僕のキャリアの中でも、非常にいい事ですね。今後に繋げていきたいです」 115パウンド (52.16kg)のスーパーフライ級を3戦で卒業し、バンタム級に転向することとなった中谷だが、昨年9月のファイトは計量時刻直前まで減量に苦しんだ。会場に現れた際、中谷の頬はこけ、目も二重になっていた。陣営からは、「過去にない減量苦」「スーパーフライ級では限界」といった声が漏れた。 体重を落とすために宿舎の回りをランニングした折にも、身体が動かず、マネージャーを務める実弟に担がれてホテルに戻るほどであった。118パウンド(53.52kg)が上限であるバンタム級とは1.36kgしか変わらないが、一般人のそれとは訳が違う。今回階級を上げたことで、中谷の持つスピード、テクニック、馬力が増した感がある。身長172cmの中谷は、バンタム級でもかなりの高身長だ。 「身体はいい状態に近付いてきていると思います。経験を重ねながら階級を上げることができているので、ベストなタイミングでバンタムに来られたかな。今までにないパフォーマンスを見せられるんじゃないか、と感じます。まだ、バンタムでやったことはないですが、フレッシュに戦えそうですね。自分にも期待しています」 WBCバンタム級王座に就いた日本人といえば、辰吉丈一郎、薬師寺保栄、長谷川穂積、山中慎介、井上尚弥らが挙がる。 「WBCの緑のベルトは小さい頃からずっと見てきて、自分が腰に巻けたらなというビジョンを持っていました。しっかり獲りたいですね」 中谷は「ネクスト・モンスター」と呼ばれることがままある。説明するまでもないが、「井上尚弥に続く逸材」という意味だ。今回、その井上がおよそ1年前に返上したタイトルに挑戦する身となった。 「“ネクスト・モンスター”という言葉を深く考えたことはありませんが、そんな風に注目されて僕のボクシングを見てもらえたら嬉しいですね。昨年末のマーロン・タパレスと井上選手の統一戦は、タパレスが僕と同じサウスポーですから、対戦をイメージしながら見ていました。やっぱり井上選手は強いです。僕より確実に上ですし、まだまだ差がありますよ。引き出しが多く、どんな選手と戦っても、対応できますね。本当に凄いなと。いつか、追いつきたいと感じる人が前を走っているというのは、素晴らしい状況だと感じます」 まずは、目の前のチャンスをモノにしなければならない。 「バンタムは、名前のある日本人がたくさんいる階級ですよね。この人とやりたい、というのは特にありませんが、ファンに楽しんでもらえると思いますので、是非、今後、日本人同士の戦いを実現させたいです。やはり、階級を上げることによって層も厚くなってきますし、世界的に名のある選手もいますから、そこでチャンピオンになることがプラスになると考えています」 2月24日、中谷潤人は両国国技館で、WBCのベルトを腰に巻くに違いない。2年連続の「ノックアウト・オブ・ザ・イヤー」を期待したい。 撮影・文:林壮一 1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。
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