10年で売上倍増 エレキギターFenderトップに聞く、日本市場の開拓法
愚直に意見を聞くDNA
ムーニーCEOによると、消費者は2タイプに分かれるという。 「1つ目は、本当にギターを弾くのが好きな人たちです。旗艦店に来て、商品ラインアップやディスプレイなどに感動してくれるものの、購入はせず、行きつけの販売店で購入します。その方が(値引きや特典をつけてくれるので)良い買い物ができるからです。もう1つは、とにかく店の中を見てみたいという人々で、友人や子どもなどが、ギターを演奏している場合が多めです。フェンダーのTシャツ、野球帽、アクセサリーなどを買ってくれます。これらはライフスタイルのカテゴリーに属しますが、売上高は私たちの想定以上の伸びを示しています」 2023年に進出したアパレル事業は、好調なようだ。その背景には、フェンダーというブランドが長年にわたって築き上げてきたブランド力がある。 「認知度は、各ブランドが作り上げてきた商品の積み上げの先に成り立つものです。創業者のレオ・フェンダーはギター奏者ではありませんでした。だからこそ、彼は一生懸命にアーティストの声を傾聴し、彼らのニーズをくみ取り、商品に反映させてきました。当社はこれを70年ほど続けているのです」 ムーニーCEOはナイキやディズニーを渡り歩いてきたマーケティングのプロだ。マーケティングプランを実行するのに重要なのは、客や人の話を聞くことでもある。「人の話を聞く」のがフェンダーのDNAなのかと尋ねた。 「Yes and Yesです(笑)。私はナイキで、20年ほどアスリートたちの話を聞きながら商品を開発してきました。その方法と、フェンダーがアーティストの意見を聞いてギターを作ってきた姿勢は同じなのです。彼らを満足させなければ、業界のナンバーワンになれません。アーティストやアスリートが採用してくれる商品を作ることが、メーカーの使命なのです」
エントリー層を重視
ギター奏者ではなかったレオ・フェンダーが、業界標準となるようなギターを数多く輩出してきたのは、なぜなのか。ムーニーCEOは説明する。 「『一生続くようなデザイン』という言い方をしたいと思います。英語で『Form Follows Function』(形態は機能に従う)と言いますが、エンドユーザーのために必要な機能を盛り込むことも意味します。多くのイノベーションを起こしてきましたが、特に1954年に発売したストラトキャスターのコアの機能(ラージヘッド、ビブラート・ユニット/トレモロアーム搭載など)は、現在のエレキの機能とほぼ同じなんですよ」 商品開発の過程でプロの意見を徹底的に聞き、実際の製品に反映させるのは理にかなっている。しかし逆に言うと、それでは素人が使いこなせる商品は作れないようにも思われる。素人でも扱えるような商品をいかにして作るのか。 「1956年にデュオソニックというギターを作りました。ショートネックにして体が大きくない人でも扱いやすいような形にし(弦を押さえても)指先が痛くないものを開発しました」 デュオソニックはプロ向けに作られたギターではなかったものの、米国でカリスマ的な人気を博したロックバンドNIRVANAのカート・コバーンが初期で使ったり、日本のギタリストCharらが愛用したりしたという。素人向けである一方で、プロでも使える仕上がりの高さがフェンダークオリティーなのだ。 「フェンダーに入社したころは、素人向けの商品も売ってはいたものの、どちらかといえばプロレベルの商品に集中している傾向を感じました。私は新規の顧客にも重点が置かれるべきだと考えました。その上で、全てのレベルの顧客に対してきちんとサポートしていく流れが重要だと考えたのです」 裾野を広げることによって結果的に音楽業界のレベルを引き上げ、顧客も増えるという好循環を生み出せたということだ。例えば、ギター奏者とコラボするシグネチャモデルは、ファンに買いたいと思わせる意味で、ライト層の顧客を獲得することや、裾野を広げることに狙いがあるようにみえる。 「シグネチャモデルを実際に開発した事例として、2000年代のロックシーンをけん引したザ・ホワイト・ストライプスのリード・ボーカリストだったジャック・ホワイトの例があります。(アコースティックギターとエレクトリックギターを融合させた)アコスタソニックは今までにないユニークなギターを世に送り出すことができましたが、それは彼が『こういった機能がほしい』など機能面のリクエストを明確に言ってくれたからです。あわせて新たな製造技術を作り出すこともできました。私たちがシグネチャモデルを重要だと考える理由の1つです」 つまり、シグネチャモデルを開発する理由は、ライト層の開拓よりも技術開発に役立つ面が大きいからなのかと聞くと「その通りです」と答えた。 では、ライト層や新規の顧客を獲得する方法についてはどのように考えているのだろうか。日本では2024年、ギターを題材にした漫画『ぼっち・ざ・ろっく!』という作品の映画版が大ヒットをした。フェンダーはコラボレーションなどを考えないのだろうか。 「以前は、アニメをコミュニケーションの手段として使ったこともあります。しかし、年齢層などを調べると、アニメを見る人と、初めてエレキギターを演奏してみようと思う人たちの間には、ちょっとした“ずれ”が出ることがありました。今はグローバルでのコミュニケーション手段としてあまり考えていません」 その代わりとなるのがゲームだという。 「フェンダー創立75周年の特別企画としてフェンダーとファイナルファンタジーXIVのチームが、共同でストラトキャスターを発売しました」 冒頭に紹介した通り、2024年はストラトキャスターの70周年を記念し、国内外で多くのキャンペーンやプロジェクトを展開した。集大成として11月23日に開催したスペシャルライブ「The Strat Night 2024」では、この日のために結成した弓木英梨乃をバンドマスターに迎えたスペシャルバンドをはじめ、ストラトキャスターを愛用するミュージシャンの春畑道哉(TUBE)、Ken(L’Arc-en-Ciel)、斎藤宏介(UNISON SQUARE GARDEN、XIIX) が出演。歴史的なストラトキャスターを使用した楽曲を披露した。 多数の応募が寄せられたキャンペーンで優勝し、このライブで演奏する権利を手にした一般プレイヤーも登場。春畑道哉の楽曲を、本人を目の前で披露した。この記念ライブは、世代やジャンルを超えたトップアーティストたちが集結。ストラトキャスターが奏でる音楽を堪能できる一夜限りの特別なイベントとなっていた。このようにフェンダーは、ファンの熱量を高め、LTV(Life time Value、顧客生涯価値)を高めるファンマーケティングを的確に実行している。