巨大津波にのまれた母校への思いを映画に:佐藤そのみ監督の2作品、“封印”を解かれ劇場公開
リアルなディテールが彩るフィクション
主人公は妹を津波で失った祐未(ゆうみ)。当時の佐藤監督と同じ中学2年生だ。テレビの取材を受ける場面から始まる。つらい記憶を気丈に語り、仏壇に手を合わせる姿に「(妹の分も)悔いのないよう精一杯生きたいと思います」という声がかぶさる。 これは当時、被災地から遠く離れた私たちが「お茶の間」から目にしていた映像そのものだ。だがそこに映し出されたのは当然、切り取られたわずかな時間でしかない。その外にどんな日常が広がり、どんな思いが言葉にならず胸の奥に渦巻いていたのか。『春をかさねて』は、それを当事者だけが知る視点で丹念に描いていく。 「私だけではなく、周りの子たちも取材を受けていました。祐未はあくまで架空の人物で、私自身というより、みんなの経験が少しずつ入っているんです」 物語は学校生活が再開する4月下旬からの約9カ月間、中学3年生になった祐未が過ごす日常を追っていく。 内陸地域にある中学校に教室を“間借り”する形で授業が行われたこと、生徒の制服や運動着がバラバラだったこと、ボランティアを受け入れる宿泊拠点に地元の子どもたちも出入りし、学生らから勉強を教わるといった交流があったことなど、震災後の状況がリアルに再現されている。 佐藤監督は当時の学校生活をこう振り返る。 「同級生と会話するのが難しかったですね。家が流されたり、家族が亡くなったり、ほぼみんなそういう状況で、どこまで話してよいか分からなかった。震災についてはほとんど触れないようにして過ごしていました」 津波を免れた祐未の家には何人もの記者が訪れては、集まった親たちから被害について話を聞き、夜遅くに帰っていく。時には深夜に及び、両親が居間で居眠りして朝を迎えることもあった。これも佐藤家に実際に起こったことだ。 「居間では毎晩のように大人たちがお茶を飲んで話をしていました。私はそこまで愛想がよくなかったので、知らんぷりして2階に上がってしまうこともあったけど、周りの子たちは立派に対応していたので、その姿を祐未に反映させました」 記者を前にした祐未の微妙な表情に、言葉には出さない揺れる思いが感じ取れる。 「記者に囲まれるうち、心にダメージを負って、もう取材はしないでほしいと言い出す子も身近にいました。そうすると別の子が、その分も引き受けなくちゃ、その子を守らなくちゃ、みたいになるんですよね」 記者の質問に努めて笑顔で答える祐未だが、時には答えに詰まってしまうこともある。 「記者の方々も悪気があるわけではないのに、聞かれた方は苦しんでしまう。みなさん真摯(しんし)で丁寧でしたが、伝わってくる使命感が逆にこちらを苦しめていたところもありましたね。誰も悪くないのになあ。そういう複雑な状況を映画にしたいと思いました」