「高野秀行さんの本を邪道と言う方たちは、ノンフィクションのことを分かっていないのでは?」桐野夏生さんが絶賛する『イラク水滸伝』の“抱腹絶倒ウラ話”
取材の窮地を救った“エレキ漁ギャグ”
桐野 現地取材で面白かったエピソードがあったら教えてください。 高野 今回一緒に行っていただいた山田高司隊長が絵を描くのが上手で、ゲーマル(水牛の乳を原料に作る生クリーム状の食べ物)作りの取材で訪れた家に集まった人たちの似顔絵を描いていた時のことです。イスラムで女性は親族以外の男性の前で髪や肌を見せてはいけないのに、家の奥さんが似顔絵をリクエストし、夫である主人がピキッとした表情になったんです。しかも娘まで「私も描いて」とお願いしたから主人の目が怒りに燃え、殺されるんじゃないかと思いました。 桐野 それはヒヤヒヤしますね。 高野 そうなんです。これは何とかしなきゃと思い、私が普段場を和ませるために演じていた「エレキ漁でしびれる魚の真似」というギャグでごまかそうとしたんですが、それでは足りないと思い、魚だけでなく漁師もしびれる真似を加えたんです(笑)。すると周りにめちゃくちゃウケて主人も何も言えなくなり、その間に山田さんが必死で似顔絵を描き終えました。 桐野 山田さんのイラストは分かりやすくて味がある。イラストがあることでディテールがわかりやすくなりました。 高野 山田さんは自然のことを何でも知っていて、興味が湧いたものを観察して絵で記録するという、まさに19世紀の博物学者でありナチュラリストのようですね。今回の探検は自然が大きなポイントだったので、山田さんを引っ張り出すことが大きな準備でした。 桐野 山田さんが参加されて良かったですね。 高野 そうですね。山田さんは私より8歳上ですが、知識やものの見方も生きてきた経歴もまったく違うので、物事を多角的に見ることができて良かったと思います。逆に、山田さんと私の同じ考えとして、海外へ行ったら極力、現地の人と誠実に接するようにしています。相手を思いやるという意味だけでなく、そうする方が安全度も上がってサバイバルできるんです。 桐野 なるほど。高野さんの著書を読んでいると、そうした懐の深さというか、何が起きても動じないというか、普通の人とは違うような印象を抱きます。 高野 いやいや、向こうの人たちと同じようなことをその場その場で何となくやっているだけですよ。それに、現地の言葉をたどたどしく話しているから、子どもみたいに思われるんじゃないですか。子どもにはあれこれ教えたり面倒を見てあげたくなりますよね。あれと同じだと思います。 (構成:上村真徹)
桐野 夏生,高野 秀行/ライフスタイル出版