「高野秀行さんの本を邪道と言う方たちは、ノンフィクションのことを分かっていないのでは?」桐野夏生さんが絶賛する『イラク水滸伝』の“抱腹絶倒ウラ話”
ノンフィクションの世界で邪道や異端と呼ばれてきて…
桐野夏生さん(以下、桐野) このたびは受賞おめでとうございます。『イラク水滸伝』はとても面白く、夢中で読みました。ルポルタージュとしても文明論としても優れていて、素晴らしい文学だと思い、ドゥマゴ文学賞に選びました。 高野秀行さん(以下、高野) とても感激です! でも、選考委員が一人って大変だったんじゃないですか? 桐野 普通の文学賞には複数の選考委員がいて、意見が異なる場合は議論を戦わせる必要もありますが、選考結果は連帯責任です。その点、ドゥマゴ文学賞は一人ですから、大きな責任を感じて正直怖かったです。 高野 一人で選ぶなんて、桐野さんは度胸があるなと思いましたよ(笑)。しかも、ノンフィクションの世界で邪道や異端と呼ばれている私が書いた本ですから。 桐野 そうでしょうか? 現地に行かれていろいろ体験したことをただの好奇心で終わらせず、『ニジェール探検行』(西アフリカ奥地を踏査中、現地民の襲撃により落命した探検家マンゴ・パークの手記)やヘディン(スウェーデンの地理学者・探検家)のように書いておられて、むしろ私は高野さんのことを“ノンフィクションの原理主義者”と思いましたよ。 高野 私もそのつもりで書いているんですが、ノンフィクションの世界はシリアスさが重視され、私の作品のように笑いがあってはいけないというところがあるんです。 桐野 高野さんの著書には笑いだけではなく深い思考もあります。邪道と言う方たちは、ノンフィクションのことを分かっていないのではないですか? 高野 そう言っていただけるとありがたいです。今回の受賞で、私のことを「邪道」とか「ふざけている」と言う人が少しでも減ればいいなと思います(笑)。
東京都と同じくらいの大きさの湿地帯
高野 今回の作品は本当に書くのが大変で、最初にイラクへ渡った時に「失敗した」と思いました。 桐野 どんなところが大変だったのですか? 高野 私は良くも悪くも想像力に欠けるところがあり、湿地帯を取材する大変さを分かっていませんでした。他の辺境の地と違って、湿地帯は目指す場所や目的がはっきりしないんです。 桐野 著書にも書いておられましたね。湿地帯は道もないし浮島も動いているから、取り留めのない探検になってしまうと。 高野 そうなんです。しかも東京都と同じくらいの大きさで、この地域をどうやって把握すればいいかも分からない。面白い内容であることは確かなのに、本を書くには何をどうすればいいのか、途方に暮れました。