がん領域にiPS細胞、実用化の期待高まる
米アイ・ピースが臨床で初投与
iPS細胞(人工多能性幹細胞)由来の細胞を使ったがん免疫療法の開発が進む。2023年、卵巣がんの患者にiPS細胞由来の免疫細胞を投与する医師主導の臨床試験が中国で実施。同試験には米アイ・ピース(カリフォルニア州、田辺剛士最高経営責任者〈CEO〉)がiPS細胞を提供し、同社製としては初めてヒトに投与された。iPS細胞は再生医療領域で開発が進んでいたが、がん領域での実用化の期待も高まる。(安川結野) 中国での臨床試験は、アイ・ピースが他家iPS細胞を提供し、豪州のバイオ企業アイカムノ・バイオセラピューティクスが免疫細胞の一つナチュラルキラー(NK)細胞に分化させる体制で行った。進行した卵巣がん患者一人に投与した結果、治療の安全性の確認に加えて、腹水の減少や腫瘍マーカーの低下、生存期間の延長が見られたという。こうした結果を受けて、アイ・ピースとアイカムノは投与する患者を12人に広げ、企業治験を開始する。田辺CEOは「2―3年内に、日本と米国でも臨床試験に進みたい」と強調する。 患者から免疫細胞を採取し、がん細胞を攻撃するよう改変して移植する治療は、血液がんですでに実用化されている。しかし販売されている国での治療費は数千万円程度と高額だ。がん種は異なるが、アイカムノのイーサン・リュー会長は「iPS細胞を使うことで既存の治療法よりも治療費を低く抑えられる」と説明する。また幅広いがんに応用できる可能性もあるという。 世界保健機関(WHO)のがん専門機関である国際がん研究機関(IARC)によると、22年に新たにがんと診断された患者は2000万人と推定され、死亡者は970万人に上るなど治療ニーズが高い。幅広いモダリティー(治療手段)で治療薬の開発も活発だ。機能を高めた免疫細胞を使ったがん免疫療法は新しいモダリティーとして注目されるものの、実用化の例は少なく、開発はこれから活発化していく見込みだ。 アイ・ピースの強みは米国食品医薬品局(FDA)の定める適正製造基準(cGMP)に準拠したiPS細胞を製造する技術にある。田辺CEOは「(治療法を開発する企業への)iPS細胞の提供を増やすほか、将来的には自家iPS細胞由来のNK細胞を使った治療法の開発も目指す。他家細胞よりも高い安全性が期待できる」と説明する。進化するがん治療の新たな選択肢として、iPS細胞の活用がさらに広がりそうだ。