【このニュースって何?】今年は昭和100年 → 日本の100年を振り返ると?
日々のニュースの中に「学び」のきっかけがあります。新聞を読みながら、テレビを見ながら、食卓やリビングでどう話しかけたら、わが子の知的好奇心にスイッチが入るでしょうか。ジャーナリストの一色清さんがヒントを教えます。
昭和の初めは「戦争の時代」だった
2025年は昭和100年にあたるそうです。元号は天皇陛下の在位によって名称が変わります。昭和は1926年に始まり1989年に終わりました。そのあと平成となり、平成は2019年で終わり、今は令和7年になっています。ただ、昭和が続いていると仮定すれば、今年は昭和100年になるというわけです。 100年という区切りのいい年なので、今回はこの100年は日本にとってどういう時代だったのかを振り返ってみたいと思います。近現代史のキーワードがたくさん出てくると思いますので、覚えると役に立つと思います。 この100年を大きく分けると、筆者は三つの時代に分けられると思います。1926~45年の「戦争の時代」、45~91年の「成長の時代」、91~2025年の「縮小の時代」です。 まず、「戦争の時代」を振り返りましょう。その始まりは、1931年に起こった「柳条湖事件」です。当時の呼び方は満州事変です。事変というのは、その戦闘を戦争と呼ぶと国際法上問題になるため、戦争の代わりに使った表現です。 中国東北部に駐留していた日本軍(関東軍)が南満州鉄道の線路を爆破し、それを中国軍のしわざとして攻め込み、中国東北部を占領した事件です。翌年には、その地域に満州国を建国しました。満州国は日本の実質的な植民地でした。 37年には「盧溝橋事件」が起こります。北京郊外の盧溝橋付近で発砲があったとして日本軍と中国軍が衝突しました。戦闘は上海、南京など中国の広い地域に拡大しました。当時の日本では支那事変と呼びましたが、ここから日本と中国との本格的な戦争が始まるので今では日中戦争と呼ばれています。 日中戦争が続く中、41年に日本はアメリカとの戦争に入ります。太平洋戦争です。ハワイの真珠湾にあった米軍基地を日本軍が攻撃したことが始まりでした。日本軍は当初、アジア太平洋地域を広く占領し、「大東亜共栄圏」をつくるという戦争目的を掲げました。しかし、徐々に物量に勝るアメリカ軍に押されるようになり、日本の多くの都市は空襲によって焼け野原になりました。45年8月には広島と長崎に原子爆弾が落とされ、同月に日本は無条件降伏しました。31年の柳条湖事件から数えると終戦まで約15年になるので、一連の戦闘を「15年戦争」と呼ぶこともあります。 この時代、ヨーロッパではヒトラー率いるドイツ軍とイギリス、フランス、ソ連(今のロシアなど)などの連合国軍が激しく戦っていました。第2次世界大戦です。世界が「戦争の時代」だった背景には、多くの強国が帝国主義をとっていたことがあります。領土や植民地を拡大しようとする主義で、そのぶつかりあいが大戦争につながったのです。