新型マクラーレンW1は、なにもかもが凄かった 日本に上陸したの数億円のスーパーカーに迫る!
日本に上陸したマクラーレンの新型「W1」を、島下泰久が徹底解説する! 【写真を見る】新型W1の全貌(26枚)
ダウンフォースの総量は1t!
ジャパンプレミアの翌日、都内のスタジオで厳かにベールをまとって私の到着を待っていてくれた新型マクラーレンW1。そのベールが剥がされると、強烈なまでの凝縮感に思わず息を呑んだ。実際のサイズは全長4635mm×全幅2074mm×全高1182mmと、例えば現行の「765S」よりわずかに大きいくらいであるにも関わらず、眼の前のW1はもっとずっとコンパクトなモデルかと思わせたのである。 マクラーレンのデザインといえば、それは機能から導かれたものだと標榜されているが、一方でその表面はエレガントな曲面で覆われてもいる。それに比べるとW1は、サーフェイスが内部のメカニズムをより忠実に浮き彫りにしているように思える。要するに、より研ぎ澄まされている、先鋭化されているというわけだ。 凝縮されて見えるのは、一見すると大げさなエアロパーツの類が多くないことも影響しているのかもしれない。もちろん、そこには秘密がある。フォーミュラ1から着想を得たというグラウンド・エフェクト・エアロダイナミクス。これにより車体にはアクティブフロントウイング、そして必要な時には後方に300mmも伸長しながら展開するマクラーレン アクティブ ロングテールが搭載されている。 それらが展開された時のルックスは、同時に車高がフロント37mm、リア17mmダウンすることもあり、より分かりやすく好戦的である。この時に発生するダウンフォースの総量はなんと1t! 普段の姿は、内に秘めた狂気のようなものが炸裂寸前の緊張感を湛えている。そんな解釈もできるかもしれない。 空力重視の設計は徹底していてリヤのディフューザーも非常に大型。車体前方から流入した空気を、ここで勢いよく排出することで車体を路面に吸い付かせるのが、その役割ということで、その形状を優先してエンジンは前方に3度傾けて搭載されているという。わずか3度だが、されど3度である。このディテールへのこだわりも、これまたマクラーレンらしい。 そのエンジンはお馴染みのV型8気筒4.0リッターツインターボ………と、思ったら、何とブロックから完全に新設計されたユニットだった。このMHP-8型エンジンは、シリンダー内壁にプラズマ溶射コーティングを行なうなどした結果、オールアルミ製のユニットは一層のコンパクト化を実現。それでいてエンジン単体でも最高出力928ps、最大トルク900Nmを発生している。電気モーターは1基で、こちらも最高出力347ps、最大トルク440Nmと至極強力。合計すると最高出力は1275ps、最大トルクは1340Nmにも達する。 エンジンをわざわざ新設計としたのは、まずは小型軽量化のため。更に言えば、今後ますます厳しさを増す環境規制への対応も大きな課題だったという。実際、直噴とポート噴射を併用した燃料噴射システム、高効率ターボチャージャーなどの採用により、マクラーレン・オートモーティブ プロダクトマネージャーのヘザー・フィッチ曰く「エモーショナルであることを重視して、V8にこだわりました。そのうえで、世界中どの地域でも規制を完全にクリアし、またこの先も長く楽しんでいただけるクルマとしています」とのことだった。 パワーの絶対値よりも、パワーウェイトレシオを重視する。言い換えれば軽量設計に常に重きをおいているのがマクラーレンである。実際、W1の車両重量はいわゆる乾燥重量で1399kgに留まる。フォルクスワーゲン「ゴルフ」とほぼ変わらない重さに、これだけの出力である。パワーウエイトレシオは911ps/t、一般的な言い方をすれば1.097kg/psという驚きの数字を叩き出しているのだ。 この軽さを実現する要素がいくつも挙げられる。車体はカーボンファイバー製モノコックの「エアロセル」を採用。初のアンヘドラルドアは、空力的要求によりドアヒンジをルーフに設けるためだという。 そしてインテリア。実はそのシートは車体側に固定で、ドライビングポジションはステアリング、ペダルの位置を合わせることで調整する。Aピラーは歴代モデルでもっとも細く、サンバイザーまでカーボンファイバー製としているなど、細部に至るまで追い込んだ設計も含めて、軽量化に大きく貢献するとしている。 ちなみに上下をフラットにしたステアリングホイールはW1専用。良き伝統の油圧式パワーアシストも踏襲する。ヘッドレストを前に倒すと、その先に小さいながらも収納スペースがある。ヘルメットなどはここに置いておけるというが、スーツにグローブにシューズに……というと難しそう。2人での遠出もあまり考慮はされていないようだ。 ついでに言えば、体型の大きく異なるパートナー同士での共有も難しそうだというのは、それこそ難癖か。但し、パッドでの調整は可能だという。更に、必要ならばチャイルドシートも用意はあるとのことである。 さらに、後輪駆動であることもポイントと言える。これだけの圧倒的なアウトプットを誇りながら、AWD化ではなく主に空力性能により、それを路面に効果的に伝達するのは、やはりマクラーレン流と言える。代わりにフロントサスペンションはインボードタイプとされ、そのアーム類には3Dプリント技術が使われている。 こうして全体を眺めて感じるのは、実はその基本哲学とでも言うべきものは、それこそ同じ“1”の文字が車名に込められたかつての「F1」、「P1」から完全に引き継がれているということだ。特にマクラーレン オートモーティブ発足後の作であるP1とは、言い方は悪いがやっていることは一緒だと言っても過言ではないだろう。 要するに高性能なパワートレインを、可能な限り軽量コンパクトな車体に積むということ。こう書くと至極当たり前の文法のようにも思えるが、その徹底ぶりはまさしく半端じゃない。呆れるほどのエンジニアリングの追求こそが車名に“1”を有するモデルの伝統なのである。 尚、W1の“W”は“ワールドチャンピオン”を意味するという。実は今年は、1974年にマクラーレンM23で、ドライバーズ&コンストラクターズのダブルタイトルを獲得してから50周年。更に、その他のカテゴリーでもマクラーレンは数えきれないほどの栄冠を獲得してきた。 そして今、マクラーレンF1チームはF1世界選手権でコンストラクターズランキング首位に立っている。このまま王座に就けば、何と1998年以来の戴冠ということになる。残りレースは3戦。W1の登場に華を添えてくれるだろうか? こちらも注目だ。
文・島下泰久 編集・稲垣邦康(GQ)