「俺は子どもの頃から大麻を育てていた」 ツアー引退を表明したロックスターのあまりに型破りな人生
リハビリ、ツアー、リハビリ、ツアー……
スティーヴンが憧れたミックはある時期からこうした悪い習慣から足を洗い、クリーンになっていった。 ところが、スティーヴンはそれを見習わない。 グッド・サマリタン・ホスピタル、ハゼルデン、イースト・ハウス、またイースト・ハウス、チット・チャット、シエラ・タスコン、ステップス、ラス・エンチナス、ベティー・フォード。これらは、1983年以降スティーヴン・タイラーが自伝で告白しているドラッグ依存症のリハビリのために入所した施設だ。これだけ入っているのだから、スティーヴンは自分がドラッグ依存症患者だという自覚はある。しかし、リハビリをしてはツアーに復帰、また施設に入り、また復帰をくり返した。 ツアー中に、スタッフが精神科医を帯同させたこともある。しかし、成果は上がらなかった。 「彼らを救うことはできない。バンドは崩壊していて、直すことはできない」 ドクターはそう言い残して去っていった。 スティーヴンはリハビリで少しまともになっても、すぐにまた依存症に戻る。実のところバンドのメンバーもみんなドラッグ依存症なので、仲間からもらってまたやってしまう。 「だからみんな、みんながヤク断ちしないんなら、俺はバンドを抜けて、別のバンドを結成してエアロの名前を使うぜ」 スティーヴンはメンバーたちに迫った。その結果、バンドに戻ってきていたジョー・ペリーもリハビリ施設に入る。しかしスティーヴンの依存症はその後何年も続き、ときにはライヴの途中でステージの端から転落し、中止になることもあった。 原因が薬なのか酒なのかあるいは後遺症なのかは不明だが、近年になってもスティーヴンに関しては奇行めいた話が伝わってくることは珍しくなかった。 それでもステージに上がれば、高いテンションでパフォーマンスを繰り広げて、ファンを必ず喜ばせ、満足させていたのだ。来日公演は2017年のソロツアーが最後となるのだろう。しかし、ここまで生き延びてきたことが奇跡なのだとすれば、さらなる奇跡が彼の身に起きることを期待したい気もする。
デイリー新潮編集部
新潮社