地元の美酒「恵那山」で新年を迎える|筆とまなざし#357
我が母なる山、恵那山が丸ごと醸し出された酒。
地元の美酒で新年を迎えるというのは幸せなことである。ひとくち口に含むと、果実のようなフレッシュな華やかさと岩間をめぐる清水のような爽やかさに包まれる。地元の酒蔵で作られる「恵那山」の新酒をいただくのが、数年前からの恒例となっている。 中仙道の宿場町、中津川。名の知られた和菓子屋の前をすぎ、鍵の手形になった通りを右に折れたところに、その酒蔵、はざま酒造はある。創業は江戸中期。昔ながらの趣きをいまに残す酒蔵のなかには、恵那山の伏流水が湧き出ている。恵那山は花崗岩質の山。「恵那山」はその岩間を長い時間をかけてめぐり磨かれた清冽な水で造られる。酒蔵の横の細い通りは、恵那山へと登拝するための出発地点であり、かのウエストンもここから恵那山に登ったという。まさに恵那山が丸ごと醸し出された酒なのである。 12月28日、正月用のお酒を買いにはざま酒造を訪ねた。 「お、成瀬さん。おひさしぶりです。明日になるとお正月用のオススメのお酒がでますよ」。 師走の忙しさのなか、ずらりと並んだ酒瓶ケースをかき分けるように声をかけてくれたのは社長の岩か谷さんだった。 以前は地元に美味しいお酒があるとは知らなかった。東北や北陸のお酒には敵わないだろう。そう思っていたのだ。けれど、地元にもたくさんの酒蔵があり、そのひとつを飲んでみると、とても美味しかった。それがきっかけで地元のお酒を飲むようになったのが5年ほど前。近所の酒屋では売っていない「恵那山」に出会ったのは、それから一年後のことだった。恵那山をめぐるテレビ番組で岩か谷さんと共演させてもらったことがきっかけで、収録が全て終わったあと、はざま酒造にお酒を買いに行ったのだった。初めて飲んだ恵那山はとても華やかで、口に含んだだけで気持ちを明るくさせてくれるようだった。それ以来、すっかりこのお酒のファンになってしまったのである。 岩か谷さんのオススメどおり翌朝はざま酒造を再訪した。予約しておいた4号瓶2本と別のお酒もいただくことにした。 「岩か谷さん、酒粕ってありますか? 」。 「ありますあります。これだけ買ってくれたなら付けときますよ」。 そう言って袋の中に入れてくれた。 山の名前を冠した日本酒は多い。それは山から流れる清冽な水が酒造りに欠かせないのはもちろん、山がその土地のシンボルとして古くから人々に親しまれてきたからだろう。我が母なる山、恵那山。そんなお酒が身近にあることは、やっぱり幸せなことなのである。今年はこのお酒のように、いままで以上にこの土地と風土に溶け込むような生活がしたい。そう思う新年の幕開けである。
PEAKS編集部