旧日本軍の埋没戦車から遺骨と日本刀発見 パラオ・ペリリュー島
日本から南に約3000キロの太平洋に浮かぶパラオ・ペリリュー島で湿地帯に埋められた旧日本軍の戦車から12月、新たに遺骨が発見された。太平洋戦争で日米が激戦を繰り広げた島では80年が過ぎた今も多くの兵士の遺骨が眠る。現地で発掘調査を見守った千葉と青森の遺族は遺骨が親族のものであることを願い、今後の調査に期待をかけた。 【写真まとめ】パラオ・ペリリュー島での旧日本軍の戦車の発掘調査の様子 厚生労働省から遺骨収集事業の委託を受ける一般社団法人日本戦没者遺骨収集推進協会によると、戦車1台から遺骨と日本刀が見つかった。遺族の話では、この戦車は上下が逆さまの状態で埋められていたが、大きな損傷もなく、ほぼそのままの形状で残されていたという。 遺骨は現地で保管され、今後は専門家による鑑定とDNA鑑定用の検体部位の採取が行われる予定。この付近では5台の戦車が確認されており、これまでに2台を掘り出していた。 現地で3台目の戦車の発掘調査を見守った遺族は、兄を亡くした千葉県銚子市の丁子(ようろご)八重子さん(87)と、父を亡くした青森県六戸町の田中恭子さん(84)。いずれも第14師団戦車隊に所属していた。 「(ペリリュー島の戦いから)80年が過ぎる中、調べていただいて本当にありがたい。どなたの遺骨でも、鑑定して身内の方が分かればいい」。丁子さんはかみ締めるように話した。 15歳離れた兄は洋服の仕立屋で働き、まだ幼い丁子さんのためにカワラナデシコの花をあしらったワンピースを仕立ててくれた。「いつになれば着られるのかいつも眺めていました」 最後に会えたのは7歳の頃。兄は独身で戦地に赴き、亡くなった。遺骨が見つかれば「せめて母が眠る墓に一緒に入れてあげたい」と願う。 父を捜し続ける田中さんは渡航前、「これで私の戦後は終わるのかなと思っています」と話していた。今回が最後の訪問になると覚悟していたが、遺骨や遺留品の発見を受けて「これで終わらせてはいけない」と調査の行方に期待を寄せる。 ペリリュー島やアンガウル島などからなるパラオ諸島の戦没者は約1万6200人だが、収容された遺骨は6割弱の9212柱(2024年10月末現在)にとどまっている。【井川加菜美】