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サヨナラ伝説名馬。ディープインパクトは引退後も凄かった……生涯種付け料400億円越え

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THE PAGE

 偉大なる名馬がこの世を去った。2005年に無敗で史上6頭目となるクラシック3冠馬となり、種牡馬としても5頭のダービー馬を輩出した日本競馬の”最高傑作”ディープインパクトが30日、繋養先の社台スタリオンステーション(北海道安平町)で急死した。17歳だった。  社台SSによると同馬はかねて治療していた頸部の手術を28日に受け、術後の経過も安定していたが、29日午前中に起立不能の状態に。30日早朝にレントゲン検査を行ったところ、頸椎に骨折が見つかり、回復の見込みが立たないことから安楽死の処分が取られた。  その名の通りの衝撃的な最期に社台SSでは「突然の出来事で誠に痛恨の極み」とコメント。現役時の14戦すべてで手綱を取った武豊騎手も「私の人生において本当に特別な馬でした。彼にはただただ感謝しかありません」と相棒を偲んだ。ファンの多さを表すように競馬関係者はもちろん、芸能界などからも名馬の早すぎる死を悼む声が伝えられた。  思えば、ディープインパクトの父であり、日本の競馬史を一気に塗り替えた大種牡馬サンデーサイレンスも2002年8月19日に16歳で死亡。また空前の競馬ブームを巻き起こしたアイドルホースのオグリキャップも10年7月3日に25歳で亡くなっている。夏はサラブレッドにとって受難の季節なのかもしれない。  ディープインパクトの輝きは永遠だ。  無敗3冠、G1・7勝は、シンボリルドルフ、テイエムオペラオーに並ぶ史上3頭目の最多タイ記録だ。典型的な追い込み型のレーススタイル。馬体重は最大でも452キロしかない小柄な馬だったが、バランスがよく、瞬発力、そして、その末脚の持続力に優れた。蹄鉄の減りが少なかったことで有名で、天性の柔軟性と効率的な走りが強さを支えた。人懐こい性格だが、いざレースになると闘争心を剥き出しにする。走るのが本当に好きそうで、見ていてワクワクするサラブレッドだった。  2004年12月、阪神での2歳新馬戦で武豊騎手を背に衝撃のデビュー。「ついに現れましたね」と名手は興奮した。年明け京都の若駒ステークスでは3冠を確信させる圧巻のパフォーマンス。中山での弥生賞、皐月賞を勝ち、4連勝で臨んだ日本ダービーではタイレコードで圧勝した。

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