アジアにできた高度成長、アフリカはなぜできない?原因は「負の脱工業化」
つまり、アフリカの製造業は全体として、アジアで生じてきたような高度成長を全く経験していないし、注目を集めてきたアフリカの高度成長は、目覚ましい工業化を伴っておらず、むしろ、相対的に言えば、その経済全体に果たす役割が縮小しているのである。 筆者はこうした現象を「アフリカの負の脱工業化」と呼んでいる。通常脱工業化といえば、過去に工業化を経た先進国が情報通信などの技術の高度化、生活ニーズの多様化・複雑化などに対応して、産業の重心を製造業からサービス業に移していくことを意味している。単純に言えば、経済発展の上で前向き(正)の現象である。しかし、アフリカは南アフリカなど例外を除き、工業化を本格的に経験したとは言えない状況にありながら、工業の比重の低下(負の後退)が起こっているのである。
アフリカの製造業の構造=「欠如した中間」と「負の脱工業化」の要因
ここで「負の脱工業化」=工業化の後退がなぜ生じているかが、当然問題になるが、そのことを論じる前に、アフリカの製造業の企業構成について論じておこう。 アフリカ諸国について1980年代から一般的に言われてきたことは、政府の保護や補助を受ける国営企業や半官半民の企業、あるいは多国籍企業の子会社などの少数の大規模企業と、多数の零細あるいは小規模な事業者とが並立する二重構造にある、ということである。こうした構造の下、中規模の企業の数はわずかであり、そのためにこの二重構造を指して「欠如した中間」missing middleと言われることも多い。このような二重構造が生じた原因は大企業と零細・小規模事業者の両方にあると考えられる。 アフリカの多くの国では、植民地時代に設けられた企業を中心とする近代的企業群が独立後国有化され、あるいは政府の出資、補助金、貿易上の保護を受けて温存されてきた。それは、自国の産業を育成して、その製品で外国からの輸入品を置き換えていくこと(輸入代替)を目指した政策にもよるが、同時にそうした大企業に権益を持つようになった政治家や従業員の労働組合が、政府の支援を自分たちの利益のために求めたことにもよる。 他方、多数の零細・小規模事業者は、規模を拡大して政府に捕捉されるようになる(フォーマル化する)と、規制や徴税の対象となるために、あえて事業の規模を拡大させず、零細・小規模、インフォーマルのままにとどまるという状況もあった。こうしたインフォーマル・セクターは、第2回で触れた政府の行政能力の低さもあって、放置されてきた。 これらの2つの原因で二重構造が形成されるなか、1980年代、世界銀行及び国際通貨基金は、大企業の政府による保護政策をアフリカ経済の非効率の元凶と見なし、構造調整政策を通じて、国有企業の民営化や大企業への補助・保護の撤廃を求めた。こうした民営化と大企業支援の削減の動きはその後さまざまな紆余曲折を経ながらも現在まで続いており、不採算大企業の清算、生産規模の縮小整理が進んで「負の脱工業化」の主因となった。 もう一つアフリカの「負の脱工業化」の要因として見逃せないのは、輸入製品の流入である。21世紀に入って以降のアフリカの高度成長はアフリカに消費ブームを引き起こし、2001年から2015年までの間にアフリカの国内総生産(GDP)は2.0倍に拡大したのと並行して消費支出の総計は1.9倍に拡大した。これは、アフリカの製造業にとってはチャンスだったはずである。しかし、製造業の伸びは1.8倍にとどまり、チャンスは十分には生かされなかった。 消費と製造業生産の伸びのズレを埋めているのは、貿易自由化、そして新興国の積極的な攻勢によって拡大してきた輸入製品である。図3に示すように、アフリカへの商品の輸入は高度成長とともに21世紀になって大きく拡大した。この拡大は一定程度、アフリカ内にも存在する資源輸入国、特に石油輸入国の輸入支払い額が、資源ブームによる国際価格の値上がりによって膨れあがったことによる。しかし、より大きな要因は、輸出による外貨収入の増加が輸入の拡大を後押ししたことであろう。この間製造業製品の輸入も拡大しており、一貫して輸入全体の7割程度を占めている。