"茶色のおびただしい痕跡"は椅子の上に排泄した物…きっと自分で拭きたかった認知症義母の書道の腕は師範級
■献身的な息子 大学卒業後、東京の会社で働いていた古道さんの夫は、高齢になった両親のことが心配で、結婚を機に故郷に戻る選択をしたようだ。義母がデイサービスに通い始めるまでの10数年間、毎日朝昼夜の1日3回、実家に顔を出していた。 製造系の会社で働く夫は、義母がデイサービスに行くようになってからは、朝8時頃にデイサービスに送り出し、夜会社が終わった後も実家に寄り、義父がゆっくり入浴できるようにその間義母を見ていた。 81歳の義父は陶器関係の仕事を続けながら、家事ができなくなった義母の代わりに、家事全般をこなしていた。 「義母はたまに正気に戻っていると感じるときがあり、夫のことを『優しくて勉強ができて自慢の息子』だと言っていました。とてもかわいがられたようで、夫も義母を大事に思っているようです」 書道の腕が師範レベルだった義母は、認知症になってからもときどき書道に勤しんでいた。 ところが2023年の夏のこと。自室をトイレだと勘違いした義母が、椅子の上で大便をしてしまい、その後部屋のあちこちに大便がついてしまった。 「おそらく水を流そうとしたり、トイレットペーパーを探そうとしたのだと思います。後片付けは、義父と夫でしました」 この出来事の後、ケアマネジャーの勧めで介護認定を受け直したところ、要介護3に。義父1人ではもう義母を介護できないと判断したケアマネと夫は、義母を施設に入れることを検討する。 「義母の入所先が決まるまで、夫は義母の朝のデイサービスの送り出しを欠かさず、夜は仕事が終わると必ず実家に寄り、義母を入浴させ、寝かしつけまでやって帰宅していました。両親のことをとても大切にしている夫にとっては、毎日朝昼晩と実家に顔を出すことは、全く苦ではなかったと思います」 義母は、まずは車で1時間ほどの距離にある介護老人保健施設へ入所。空き待ちを経て12月、義実家から車で20分ほどの特養に入所することができた。 「夫の家族はとても仲が良いとは思いますが、少し変わった家庭で育った私から見ると、親子そろって依存しあっているようにしか見えませんでした……」 そうやって、義実家に通い、献身的なケアをしていた古道さんだったが、今度は自分の親の番だった。数カ月後、大阪に住む父親(82歳)が要介護状態になるという想定外の事態が発生したのだ。(以下、後編へ続く) ---------- 旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ) ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する~子どもを「所有物扱い」する母親たち~』(光文社新書)刊行。 ----------
ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂